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本能のままに生きた母

1 :次男:2018/05/22(火) 07:10:19.29
俺の母親の話をしたい。

幼き頃、我が家は七人家族だった。
母方の祖父母、両親、姉、兄、俺。
まぁ、昭和末期によくある、核家族とは無縁の至って普通の家庭だった。

父は所謂サザ○さんのマスオさん状態で、養子。
この事がのちに俺の家庭環境をややこしくする要因の1つになる。

幼い頃は本当に普通の家庭だった。
俺は末っ子なので、皆んなに可愛がられながら育つ。

家族七人もいると、多少の派閥みたいなものも生まれがちだ。
例えばウチの場合は祖母は姉を可愛がり、祖父が兄を贔屓する、みたいな。

そんな中、俺は家族の誰からも愛されw順調に幼少期を過ごしていく。
他の家族もなんら変わらない様に生活していた様に思う。

そして母の本能が覚醒する最初の出来事があった。

45 :次男:2018/06/13(水) 20:39:53.83
44の続き

これは後に母が言っていたが、俺と同じように初めて施設に訪れた姉はひたすら号泣していたらしい。
本稿とは関係ないので掘り下げないが、一般的に見てちょっとイカれてる姉に対しては俺は少し引いているのだが、この、施設内の光景を見て涙が止まらなかったという一点においては共感できると思った。

そして、俺が28の時に祖母は衰弱により87で他界、翌年、喉頭癌だった祖父は89で他界した。

続く

46 :次男:2018/06/13(水) 20:58:51.99
45の続き

ほぼ一年差で仲良く(?)旅立った祖父母。

介護する必要のなくなった母は再び北の大地へ戻っていった。

別に死にゆく祖父母(母にしてみれば両親)をダシにしていた訳ではないが、不倫成立当初から雪国での生活に拒否反応を示していて、いずれは地元へのカムバックを夢見ていた母にとっては、これでかなり実家(地元)への帰宅を正当化する理由がなくなってしまった。

しかし、思わぬ形で母の野望である、<実家(地元)への帰還>が実現する事になる。

なんと、旦那の出資にて我が家の最寄駅そばで、スナックを始める!と言い出したのだ。

これより、最終章へと向かいます。

続く

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