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本能のままに生きた母

43 :次男:2018/06/13(水) 20:24:18.16
38の続き

そんなこんなの数年間を過ごしながら、やがて俺の愛すべき祖父母とのお別れの時がやってくる。

祖母はボケが酷くなり、晩年は近所の施設に入る事に。
おそらく末期の痴呆症患者が収容されるような施設だった。

ボケてしまって数年間、たまに寝る時に「…もう、ガキの頃から知っている普通のばあさんとは会えないのか…」みたいな思いに駆られ、ねれなくなった時もある。
家に祖母が居なくなった事も違和感があった。

そして一度、施設へ祖母へ会いに行く事になった。
何度も行っていた母と訪れると、施設のロビーのような、テーブルがいくつもある所に入所者(かなり歳行ったばあさんばかり)が何人も座っている場所で、母が言った。

母「あ、あそこだ、ほら、ばあちゃんあそこにいるよ」

確かに髪は真っ白になり、顔もシワクチャになったばあさん達がそこかしこに点在しているのだが、ぱっと見俺にはどれが俺の祖母であるのか見分けが付かず、「え?!どこにおるんじゃ、ばあちゃん!!(゚ω゚)」と、テンパってしまったのを覚えている。

続く

44 :次男:2018/06/13(水) 20:34:50.92
43の続き

何度も訪れている母には見分けが付いたらしいが、確か施設へ行ってしまってから祖母と2〜3週間会っていなかった俺には全く見分けが付かなかった。

母「ほら、あのテーブルの…」

と言って特定のテーブルの目の前まで来ても俺はそれがあの祖母だと確信するまで時間がかかった。

目の前で見ても少しの間、これがあの祖母だ!と確信が持てずに眺めていると、

母が「ほら、ばあちゃん、俺と来たよ!」と俺の中では祖母ではない、見た目のおばあさんに一生懸命説明して、あまりわかっていないながらも俺の方を見たその老人こそ、よくよく見ると確かに祖母であった……

なんて言えばいいのか難しいが、ボケながらも家に居た時の祖母と、施設に入ってしまった祖母はまるで別人のような風貌になってしまっていた。

髪の白さもことさら白くなっているようで、ボサボサ感もすごい。
顔の表情も感情が無くなり、なにより、その場にいた十数人のおばあさん方は(爺さんもいたと思うが)、全員同じ顔に見えた…。

おれは何故かまた込み上げてくる涙を堪えつつ、家に居た時以上に無表情になってしまった祖母に軽く話しながら泣くのを堪えていた。

続く

45 :次男:2018/06/13(水) 20:39:53.83
44の続き

これは後に母が言っていたが、俺と同じように初めて施設に訪れた姉はひたすら号泣していたらしい。
本稿とは関係ないので掘り下げないが、一般的に見てちょっとイカれてる姉に対しては俺は少し引いているのだが、この、施設内の光景を見て涙が止まらなかったという一点においては共感できると思った。

そして、俺が28の時に祖母は衰弱により87で他界、翌年、喉頭癌だった祖父は89で他界した。

続く

46 :次男:2018/06/13(水) 20:58:51.99
45の続き

ほぼ一年差で仲良く(?)旅立った祖父母。

介護する必要のなくなった母は再び北の大地へ戻っていった。

別に死にゆく祖父母(母にしてみれば両親)をダシにしていた訳ではないが、不倫成立当初から雪国での生活に拒否反応を示していて、いずれは地元へのカムバックを夢見ていた母にとっては、これでかなり実家(地元)への帰宅を正当化する理由がなくなってしまった。

しかし、思わぬ形で母の野望である、<実家(地元)への帰還>が実現する事になる。

なんと、旦那の出資にて我が家の最寄駅そばで、スナックを始める!と言い出したのだ。

これより、最終章へと向かいます。

続く

47 :名無しさん:2018/06/15(金) 15:19:08.36 ID:FmWKfzy7D
まっとるで〜

48 :名無しさん:2018/06/18(月) 12:57:34.72 ID:bM4fIZWYT
早よ!!早よw!!

49 :名無しさん:2018/06/20(水) 15:17:10.82 ID:kVjr26/5A
色んな家庭があるもんだよなぁ

50 :名無しさん:2018/06/20(水) 16:57:21.63 ID:EeALxmT93
待ってるぞ!

51 :次男:2018/06/23(土) 07:57:33.80
>>47
>>48
>>49
>>50
ありがとうございます。
極力近日中に更新します。
本当に、世の中色んなご家庭があるかと思われますが、私自身は30くらいになるまでさほど我が家の出来事が特別だとも思っていませんでしたw

職場の上司に「ほんとーに、君んちは特殊だな」みたいな事を言われ続け、やっと「あー、ウチはちょっと変わってるんだな」と認識した感じです。

せいぜい、
両親健在の家=過半数以上を占める普通の家
両親離婚の家=数分の1、たまにある少し道外れた家←ウチコレ

くらいにしか考えていませんでしたw

52 :次男:2018/06/23(土) 08:42:35.62
ちなみに、これから始まる最終章は近年の出来事が多いので記憶がハッキリしているのと、色々と書きたいこともあるのでなるべく詳しく書いてきます。

あと、外せない要素として、いくつかオカルト的な所も出てきます。
私自身は霊感もないし、激烈にオカルト信者ではないのですが、「そーゆーのもあってもおかしくないかもね」くらいに、否定もしていません。

まあ、不思議な事ってあるよね、くらいな感覚でちょっとオカルト混じりな最終章、もう少々お待ちください。

53 :名無しさん:2018/06/23(土) 18:29:52.21 ID:OZEpCn537
C

54 :次男:2018/06/23(土) 22:31:10.81
46の続き

始め、母が「スナックをやる」と言った時は反対した。

なぜかと言えば、母は飲食(サービス業)の経験が皆無だったから。

確かに、昔から外で飲み歩くのは好きで、スナックみたいな飲み屋へ行くことも多く、飲み屋の客としてならかなりの大ベテランと言って差し支えないであろう。

しかし、客として飲むのと、自分が提供する側に回るのとではだいぶ違う。

ましてや飲食店での経験がなく、ほぼ還暦を迎えての初トライなのだ。
俺は学生の頃から飲食店バイトも多く、大人になってからもサービス業を生業としてきた。

だから、余計に飲食店(サービス業)の大変さもわかっていたし、未経験の初老婆がいきなりスナックなど開いてうまく行くわけがない!と思った。

しかし、結果的に言うと、元々が母の性に合っていたのか、なんだかんだ無謀にも見えた還暦母のスナック人生はそこそこ上手くいったのである。

とはいえ、始めの1年は俺がほぼ毎日手伝ってやった。

とゆーのも、たまたま俺はこの頃、当時勤めていた会社が倒産の悲劇に見舞われ、身体が空いていたのだw
どうやら、飲食素人の母(と旦那)の計算では、飲食経験が豊富な俺の手助けもあればなんとかなるだろー!と言う所も大きかったらしい。

俺は当時、他県で働いていたが職を失ってしまい、地元へ戻り友人の仕事を手伝ったりしていた。
しかし、また倒産した時にいた土地へ戻りたかったので、母が急にスナックをやる!と言った時にその辺の所も議論した。

びっくりしたのもあるし、心配なのもあり「(未経験から)いきなりやるの厳しくね?それに俺もまた前職場のあった土地へ戻る予定だし…」というと、母も少し驚いたようで「え!そうなの?!じゃあ、あんた手伝えないじゃん!」と困惑した様子だった。

完全に飲食経験のある俺をアテにしていたのだろう…

続く

55 :次男:2018/06/23(土) 22:48:08.61
>>53
ありがとうございます!

54の続き

後に一つの問題となるので、ここで母がスナックをやる事になる経緯を少し掘り下げたい。

簡単に言えば、元々客で行っていたスナックのママが店を閉める事になり、そこを居抜きで引き継ぐ事になったのだ。

以前からの常連でここのお店のママとも仲良くなっていて、ちょうどこの頃店も暇で閉めてしまおうかと考え始めていたママが、

「店、やめようかと思うんだけど、だれかやってくれる人でもいないかねー?」と言っていたのを、母と旦那がその気になり「じゃあ、私らがやる!」となったらしい。

母も旦那も昔から飲み歩き、その内に自分らもいつかは小さい店でもやってみたいなー、という色気があったらしい。
そこへ具体的にスナックをやれるタイミングが訪れたわけだ。

その後はトントン拍子に話が進み、結局その店を引き継いでやる事となった。

しかし、店を引き継ぐ時、一つの問題が起こなったのである。

続く

56 :次男:2018/06/23(土) 23:00:56.23
55の続き

母のスナック開店へ向けて話はドンドン進んでいき、やがて前の店の最終日がやってきた。

当然母も客として参加しており、暇だからやめる事となったこの前店にも過去の常連など、最後だから…と久しぶりの盛況で賑わったらしい。

そして閉店へ向けて刻々と時間が過ぎて行く中、この前店のママにある変化が起き始めた。

久しぶりの盛況に店を辞めるのが惜しくなってきたのか、急にこのママが「なんか、こんな奴に店を譲るのが惜しくなってきた!」と、スナックを引き継ぐ予定の母を攻撃してきた(らしい)のである!

続く

57 :名無しさん:2018/06/28(木) 11:09:34.11 ID:9FPC9mhKS
待ってるよ!

58 :次男:2018/06/28(木) 19:43:23.49
>>57
ありがとうございます!

56の続き
以下は、母から聞いた事の顛末。

前述したように、前店の最終日、それまでは離れていた客達も「最後だから…」と一様に顔を出していた。

そもそも、この前店のママとやらが上手く店を経営出来なかったから、客足は遠のき閉店するハメになった(はず)。

にも関わらず、あくまで「最後だから…」足を運んで来てくれた歴代の常連達の賑わいを感じつつ、この前店のママ(今後は妖怪婆と言わせてもらいますw)は勘違いと言うのか、感情的になったと言うのか、本性を晒して来たのである。

この最終日の前半戦は、普段と変わりはなかったらしい。
母もよく知ってる、妖怪婆の接客で営業は進んでいった。

そして、営業後半に差し掛かるに連れ、妖怪婆の言動がおかしくなり始めて来た。

これも前述したように、何かにつけてこの日イチ客として前店の最終日に参加していた母を蔑むような発言を繰り返し始めた。

妖怪婆「あー、こんな、お客さん来てくれるんなら、何もこんな奴(母)に店譲らなくてよかったわ!」
妖怪婆「なんで、こんな奴(母)にお店譲っちゃったんだろうか?(??????`)」

などなど、ひたすらに母をディスり始めたのだ。

続く

59 :次男:2018/06/28(木) 19:52:07.78
58の続き

最初は母も頭の中「?」マークが浮かんでいたが、しばらく終わらないいきなりのディスりに怒りがこみ上げて来た。

しかし、これから自分もここで店をやる事を考えると、いささか妙な展開にブチギレる訳にもいかず、「えー、ママー、そんな言い方酷くない?急にどうしたのー?」みたいに愛想笑いで誤魔化していたらしい。

それでも終わらないディスりに、さすがに他の客達が口々に母を擁護し始める。

客1「いやいやママ(妖怪婆)、最後の日にそんなこと言うもんじゃないよ」

客2「そうだよ、そもそも次にやる予定に決まってるIちゃん(母)が何したって言うの?!」

と、妖怪婆をたしなめても、妖怪婆のディスりはむしろ熱を帯びていったのであった。

妖怪婆「あんたら、そー言うけどね、この女(母)はひどい奴で、約束は守らない、時間も守らない、旦那いるのに他の男とデキていて……etc」

と、有る事無い事、ディスりのオンパレードだったらしい。
ちなみにほぼこのディスりは虚言なのだが、母曰く、いつだか2.3回、連絡する!と言ってた時に忘れて連絡が遅れてしまったりしたことは、たしかにあったらしい。

が、ここまでディスられるような話でもないはずだ。

あまりにも豹変した妖怪婆に辟易し、徐々に帰り始める常連達。
閉店時間も近づいて来た。
やがて店には、母と妖怪婆、共に訪れていた母の妹(俺からしたら伯母)の3人だけになった。

続く


続く

60 :次男:2018/06/28(木) 20:06:07.69
59の続き

母は、ただひたすら堪えていたらしい。そして待っていた。他の客達がいなくなるのを。

自分ら(伯母含む)しかいなくなった瞬間、母もブチギレた。

母「おい!お前(妖怪婆)!なんなんだよ、急にみんなの前で人の事を悪く言いやがって!私が一体何したって言うわけ!?」

ひたすらディスられ、他の客達の手前、タメにタメまくったストレスをぶちまける様に妖怪婆へ詰め寄った。

しかし、妖怪婆はそれまでのディスり加減と変わらず、そのままの勢いで言い返して来た。

妖怪婆「何もかにも、全部本当だろ?!お前みたいな奴に店譲る事になって、あたしゃー後悔してんだよ!」

と、ここからはBBA2人の口喧嘩状態。
途中、妖怪婆の言う「時間守らない」的な所だけは母が非を認め、わざと大袈裟に土下座してやりながら「あー、確かに一度か二度と、連絡遅れたことはありましたわ!それは今ここで土下座してやって謝るわ!どーもすみませんでした!これでいいだろ!」

みたいなやりとりをしたらしい。

最終的には埒あかず、最後は喧嘩別れの様に店を後にしたらしい。
店の明渡しに関する手続きは全て完了していたので、この後母がここで店をやる事にはなんの問題もなかった。

ついでに言うと、本来ならこの最終日に譲渡金などとは別で、旦那と相談の上、母はお疲れ様でした的な、謝礼的な意味合いで20万を妖怪婆に渡すつもりだったらしいが、もちろん渡すのはやめたらしい。

続く

61 :名無しさん:2018/07/02(月) 09:47:34.95 ID:RxTxPpfdn
面白いな

C

62 :次男:2018/07/03(火) 05:11:51.87
>>61
ありがとうございます。

W杯日本代表も負けてしまったのでw、このままの勢いで少し更新します!

63 :次男:2018/07/03(火) 05:17:34.27
60の続き

以上の様な、なんとも歯切れの悪い始まりとなってしまったが、開店準備も滞りなく進み、無事に開店へと向かう、母のスナック人生。

ほぼ居抜きでの開店だったので、あまり大まかな改装はなかったが、イスだけは変えたい!との母の希望で、俺も明日探しに付き合ったが高速を使い1時間くらいの距離の遠距離にあるIKE◯まで見に行ったがしっくり来るものがなかった。

が、最終的には地元にあった車で15分ほどの近場にあったH◯MESにあったイスが選ばれたのも、今では良き思い出であるw

続く

64 :次男:2018/07/03(火) 05:22:29.00
63の続き

そして迎えた開店日。

当日は俺と、この時点でバツイチ子持ちで水商売にどっぷり浸かっていた姉が手伝う様な様相で予定されていた。

しかし、元々あまり乗り気ではなかった俺は、あんま意気込んで行くような気持ちもなかったので、用事がある的な適当なこと言って少し遅れて開店に参戦することにした。

そして少し遅れて店へ行くと、初のサービス業にテンパりまくってる母と、妙な水商売力を撒き散らしてしまっているカオスな新スナックの営業が繰り広げられていたw

続く

65 :次男:2018/07/03(火) 05:26:01.88
64の続き

後に、たまたまこの開店日に訪れていたあまり親しくはない、心無い客(おそらく様子見程度に来店したのだろう)に、「あそこの店はなんか、娘が仕切っていて素人ママはなんもできない、ダメそうな店だよ!」みたいな噂を垂れ流されていたらしいw

まあ、確かに俺から見てもあの開店のカオス状態はそう言われても仕方ないかとも思ったw

開店日の客も、あまり淋しいのもアレだからと、姉の友人がらみが多かったのも上記の噂の元に一役買っていただろう。

続く

66 :次男:2018/07/03(火) 09:42:09.06
65の続き

姉が手伝ったのは約7年程のスナック営業の中でこの日1日だけだった。

自分の働く、熟女パブで同伴に母のスナックへきたり、同僚何人かにも同伴で利用してもらったり、姉の友人が客になってくれたりと、売り上げには貢献されていたが。

こんな所でいってもしょうがないが、俺的には売り上げ貢献だけではなく、もうちょい身内側としての手伝いとか、母が楽になる様な協力もして欲しかったと、当時は思っていた。

さらに酷いのが兄で、一切店に近づく事もなく、夜飯のおかずをとりこい!と、仕事帰りに店によることもあったが、その場にいる客に一瞥をくれることもなく、そそくさと帰っていたらしい。
これは後に母が「愛想ないのにも程がある!」とお客さんに対する不躾を怒りながら話していた。

まあ、兄は確かに口下手だし愛想もないし、おおよそ接客業に向いているとは口が裂けても言えない人種の男だから仕方ないっちゃ仕方なかったが、母の店に来てくれているお客さんに会釈くらいは人としてするものである。

と、俺は思っていた。

続く

67 :次男:2018/07/03(火) 09:47:30.51
66の続き

そんな状況では、素人から始めおぼつかないスナック営業は俺の手助けが必要になってくる。

前述したように、ちょうどこの時期職についてなかった俺はまんまと収入のない夜の水商売が本業のような生活になっていった。

たまにバイトはしていたが、ほぼ一年、夕方から深夜12〜2時までの場末スナック稼業が俺の生活の一部になってしまう。

まあ、俺もサービス業に慣れていたし、この時30を過ぎた頃の歳でなんとなく母世代のいろんな人種などを見つつ「んー、年取っても人それぞれ色んな生き様があるもんなんだなー」程度に人生勉強にはなったと思っている。

以下、そのスナック手伝いの時期に垣間見た人間模様をいくつか抜粋してみたい。

続く

68 :次男:2018/07/03(火) 09:57:34.44
67の続き

・60、70を過ぎたジジイどもが、60過ぎた初老の母(店のママ)を必死に口説こうとする輩もいる。息子の俺がそこにいるにも関わらずw

・近所で同じくスナックになど店をやってるママ達も稀に来店してくれるが、やはり店の客として色々な意味で行儀が良い。

・年配の男性客で、「唄(カラオケ)は俺、いいやー」と最初は乗り気じゃない客も、一回唄うとスイッチが入り、連チャンで歌い続ける人も多いw

・同伴チックだったり、カップル(?)の様で来る年配の男女も多く、50.60.70代くらいになっても、結婚してたり、相方に先立たれていたりしてもそれなりの恋愛事情が個々にあるっぽい事。

続く

69 :次男:2018/07/03(火) 10:05:21.97
68の続き

・大半が反面教師にしたい様な振る舞いの人も多いが、たまに飲んでる時の振る舞いが格好良いおっさんもいる。飲み方がスマート、とでも言おうか。

・姉とその仲間たちの同伴を見てると、金の使わせ方が半端ないw
まあ、熟女パブだし、客もホステスもアラフォー以上の若者ではない事もあるだろうが…

・近所のスナック数軒があるが、仲よさそうで派閥の様なのもあり、個別に来てはそれぞれの悪口みたいなのを言い合っている。ちなみに母ひあまり敵は作らないタイプなので、それなりに全員とうまくやっていた様だ。

・母を口説く目的の理由から、何故か近くにいる俺の存在が疎ましく、俺は何もしてないのに攻撃してくるジジイがいる。
また、口説く目的ではなくても何故か俺の若さを僻み、飲みながら俺に攻撃しがちなジジイどもが多い。

などなど、個別に掘り下げたらキリがないので約一年の俺のスナック評はこんな感じで。

続く

70 :次男:2018/07/03(火) 10:13:18.84
69の続き

そんなこんなでスナックを続けて数ヶ月もすると、だいぶ母も慣れて来た。

元々自分で料理した物を人に食事を提供する事と、カラオケ好き飲み屋好きだったのが天職だったのか、俺が思っていたよりスナックのママが板についていた。

まあ、開店からしばらく、例の前店の妖怪婆がご近所さんに母に対するヘイトスピーチを繰り広げていたみたいで、その前の店からの知り合いだったり、詳細を知らず妖怪婆のヘイトを真に受けてしまった人もいたらしく。

母がちょいちょい「あいつが色々と言い回っているらしい!」と怒っていたが、俺と旦那とで「そんなのはほっとけばそのうち世間様が真実に気づき、妖怪婆は干されるよ」となだめていた。

そして約一年で俺は友人の仕事を手伝うことになり、母のスナック手伝いもひと段落した頃、「この日だけは、旦那の友人がきて、開店前に一緒に行くとかあるから、店開けだけしてくれないか?」と頼まれたことがあった。

しぶしぶそれを引き受けた話をしよう。

続く

71 :名無しさん:2018/07/03(火) 13:26:19.17 ID:yPLt0GPvV
C C C

72 :名無しさん:2018/07/03(火) 19:04:06.26 ID:yPLt0GPvV
おもろい!

73 :名無しさん:2018/07/03(火) 20:26:45.56 ID:WxJCNyZf0
久しぶりに見に来たけどおもろそうだね

74 :次男:2018/07/04(水) 01:29:23.36
>>71
>>72
ありがとうございます。

>>73
どうもです。
明け方と、その後電車に乗りながら書いてたので誤字や文章おかしめな書き方で見づらいとこもありますが、もう少し慎重に、皆さんにより伝わりやすく書ける様に頑張ります(笑)

75 :次男:2018/07/04(水) 01:41:05.99
70の続き

この旦那の友人とは、旦那の職場の元同僚との事。
今は仕事を変え、整体師を自営でやってるらしい。

旦那とは若かりし頃、同僚時代からウマが合い、互いに気のおけない仲として今に至るまでの親友。仮にナカノさんとしよう。

どれほど信頼しあってる仲か説明すると、旦那は格闘技が好きで、若い頃空手の会を創設した。
ナカノさんも一緒に会に参加していた。

しかし、旦那の母親が病に倒れてしまい、そちらへ旦那が時間を割くために会の運営が厳しくなった。その時に、旦那はナカノさんへ会を託した。自分が創設し、人生の一部として捧げて来た空手の会を断腸の思いで託したのがこのナカノさん。

ナカノさんはその後、転職して地元である中部地方へ帰省、そこで自営業をやりながら親友である旦那から引き継いだ会を守り続けていた。

そんなナカノさんは少し変わり者で、この当時50を目前にしても旦那の空手仲間達の中でも唯一独身であった。そんなナカノさんがどうやら自営業を手伝っている女性といい仲になり、この度開店した母&旦那のスナックにその女性を訪ねて来る。

母と旦那は、やっとアイツも所帯を持つ報告を自分らにして来る様だ!と、親友の朗報に色めき立っていたわけだ。

続く

76 :次男:2018/07/04(水) 01:43:21.21
訂正

最後の方のくだり、

「その女性と、訪ねて来る」の間違いでした。

77 :次男:2018/07/04(水) 01:53:09.09
75の続き

その為、訪ね来る友人と早い時間から地元で合流し、色々な場所を案内しつつスナックへ連れて来る、ついてはスナックに来れる時間も遅れそうだし、俺に店開けをお願いしたい、という算段だった。

親友との大事な用事に俺も首を縦に振るしかなく、開店準備を終え、やがて登場する4人。

俺は初めてお会いしたナカノさん達に挨拶をして、スナックでの酒宴が始まった。

終始和やかに旧交を温め、会は進むが段々とおかしな事に気付き始める旦那と母。

ナカノさんのオメデタ話を勝手に想像してた旦那と母の思惑とは違い、どうやらこの時もわざわざ連れて来ている女性との婚約話が中々出てこない。

そう、これは旦那と母の勝手な想像で、実際の所ナカノさんは特にその女性との結婚話をしに訪ねて来たわけではなかったのだw

見るにみかねた母が、切り出した。

母「えーっと、ナカノさん。今日はこちらのチエちゃん(仮名)との結婚を私らに報告に来たんじゃないの?」

すると、ナカノさんは少し気まずそうな雰囲気を醸し出して、

ナカノ「え?…いや…別段、そう言うつもりはなくて、こいつはあくまでよくやってくれている従業員の一人として…」

と、しどろもどろになりながら結婚を否定したのだw

続く

78 :次男:2018/07/04(水) 02:02:31.84
77の続き

この予想外の展開に、母&旦那、そしてチエさんが怒涛のナカノ叩きを始めるw

旦那&母「なにぃーー!自分らはやっとあんたが身を固める報告をしに来る!と、最高のおもてなしをしてあげるつもりで待ちわびてたのに!」

チエさん「もうー、本当にこの人に言ってやってください!私はその気なんですけど、この人は全然そーゆーの苦手とゆーか、奥手とゆーか、なんにも話を進めてくれないんです!(泣)」

そんな攻撃を受けながらも、ナカノさんは、
ナカノ「いや、大事な人だとは思ってるけど…結婚とかそこまでは…」

としどろもどろに言い訳の様な事を続けて、最終的には母&旦那から、

母&旦那「…もう、今ここで最終決定みたいな事でなくていいから、なにしろあんたはこのチエちゃんを大事な人として認めなさい!」

と、半ば強制的に誓いを迫られ、なんとなくあやふやな形でナカノさんもそれを承諾するという、微妙な空気の中、縁談チックなのが成立、<した様な感じ>になったw

と、このナカノさんの来訪の主題はなにやら煮え切らない形で終わったのだが、その他の話がそこそこ俺の印象に残っているので、このナカノさんの縁談話はこの程度にしてその他のナカノさん話に移りたい。

続く

79 :次男:2018/07/04(水) 02:14:22.53
78の続き

お気付きの方もいると思うが、旦那の職業は[陸]と[海]に専門分野が分かれている公務員である。
当然ナカノさんも旦那と[陸]側の人間として、若き頃を過ごしていた。

これは割と旦那たち以外でも聞く話だが、この組織、俺が知る限りの狭いサンプルだが[陸]と[海]の仲があまりよろしくない。
大概の方達が、お互いの事をよく思っていない話を、俺はよく聞く。

もしご覧になっている方に、この職業に属する人やお身内の方がいて、「そんな事、ないぞ!」とゆー意見がある方は、ごめんなさい。

あくまで、俺個人の知る範囲内で、の印象です。

この日も旦那達がその手の話をしていた。

前々から、俺も旦那から、

旦那「俺はどうしても[海側の奴ら]を好きになれない!」

とゆーのは聞いていた。詳しく聞くとなにやら、若い頃に基地そばの飲み屋で飲んでいたら、いきなり入ってきたレンジャー?みたいな[海側]の特殊な部隊みたいなムキムキ連中に、「あんたら[陸側]だよね?腕相撲勝負しよ!」と、いきなり絡まれたらしい。

向こうも相当酔っていたのだろうが、なんの意味もなく、自分らの腕っ節自慢に絡まれ、それ以降、旦那はこの[海側]の人間が大っ嫌いになった!と、俺は聞いていた。

そして、この日にいたナカノさんがどうやらこの時一緒にいたらしく、この腕相撲事件の昔話に花が咲いたのである。

続く

80 :次男:2018/07/04(水) 02:25:39.20
78の続き

この時も2人で散々「あの時は、最悪だったよなー!こっちは楽しく飲んでただけなのにいきなり横柄に腕っ節自慢に巻き込まれて…」と悪態をついていた。

しかし、俺はカウンターの内側で話を聞いていると、なにやら違和感を覚え始めた。

とゆーのも、旦那達が過去に付けられた因縁から、数十年経った今だに恨み辛みを抱いているとゆー事は、この事件の時に余程の恥をかかされた、即ち腕相撲で惨敗した、からこそ、恨みを抱き続けている、と思っていたのだ。

だがどうもその辺の真相が違うような会話をしていて、俺は彼らの自尊心を傷つけるかもしれない質問を恐る恐る投げかけてみた。

俺「…お2人が余程その件で[海側]の人に恨みを持ったのはわかったけど…所でその腕相撲勝負は、なんていうかその…やられちゃったからこれだけ[海側]に対して悪印象が残り続けてる訳だよね?」

すると旦那がポカンとした表情で答えた。

旦那「?いや、勝ったけど?!」

ナカノ「俺と旦那ちゃんが2人でやって、2連勝した」

俺「ファァァーーー??(>人<;)」



続く

81 :次男:2018/07/04(水) 02:32:46.32
80の続き

そう、昔から聞いていたこの腕相撲事件だが、考えてみたら負けたなどとは一度も言っていなかったw

この日、当事者2人の話を聞いていて確認したら、2連勝した!という真相を聞かされたのである。

なにやら大袈裟に特殊部隊のムキムキ野郎共に絡まれ、腕相撲を無理やりやらされ、その件から恨みを抱き続け…、とだけ聞かされて敗北の屈辱を味合わされた、と勝手に俺は思っていたのが、まさかの完勝だった。

確かに旦那もナカノさんも空手の会を切り盛りし、貧弱な俺から見ればムキムキマンだったのを思い返せば、簡単にひねられるような人種ではなかった。

なにわともあれ、俺の感想が二つ。

俺「勝ったんなら別にいーーじゃん!&やっぱこいつらの強さはヤバイんだな…」

であったw

続く

82 :次男:2018/07/04(水) 02:48:12.39
81の続き

もう一つ、ナカノさんの武勇伝を取り上げよう。

前述したように、旦那から会を引き継ぎ地元へ帰省したナカノさん。

すると、地元で噂を聞きつけた輩が当然のように「帰省したからといって、ポッと出の輩に空手の世界ででかいツラさせんぞ!」とばかりに刺客を送ってきた話。
はじめ、その刺客はど素人を装って会に参加してきたらしい。
刺客「こちらが新しく空手の会を引っさげ戻られたかいですか。私、初心者ですが受け入れてくれるでしょうか?」
と、20代半ばほどの優男が体験入会の形で訪ねてきたらしい。

最初のうちは、素人然とした若者がにこやかに会に参加していた。
しかし、これは後に発覚する事だがどうやらこの刺客、この地元県内で近年空手チャンピオンになった実力者だった。

続く

83 :次男:2018/07/04(水) 02:49:07.04
82の続き

そうとは知らず、旦那から引き継いだ大事な会の新天地での出発に、幸先よく地元の若者が参加してきてくれた!と、半ばウキウキになりながら会に迎え入れていた。
それから数日後、急にこの素人ぶって会に参加していた刺客が、

刺客「ナカノさん、勉強の為に一度も試合形式で手合わせをお願いできませんか?」
と申し込んできた。

ナカノさんも、少し「?なんか怪しげな…」と思ったらしいが、その願いを受諾し、
ナカノさん「じゃあ、軽めに手合わせしようか」
と簡単な組手をやるつもりで相手になることに。
すると、

審判役「始め!」

の合図とともに、この刺客が牙を剥き、北斗の拳のような漫画よろしく、
刺客「コホォーーーー!!」
と只ならぬ気を呼吸に込め始め試合開始となった。

続く

84 :名無しさん:2018/07/04(水) 09:10:16.86 ID:L3PFTQtEI
気になるじゃねぇーか!

85 :次男:2018/07/04(水) 12:16:13.30
83の続き

ナカノさん曰く、
ナカノ「本当に奴は北斗の拳の様な気合いを呼吸に込めて…」
本来の刺客としての任務を始めたらしい。

要は、道場破りという奴だった。

元々の地元とはいえ、新米空手会に一泡吹かせてやろう、と、若手の実力者が送られてきていたのだ。
すると、試合も練習どころかかなりの本気モードでガシガシ攻撃してくる刺客。

この時点で、全てを察したナカノさんも瞬時に本気モードに入り、刺客へ猛攻撃を加える。

特に、腕の一本、足の一本でもいいから潰してやる!と刺客の足へローキックの嵐を仕掛けてやり、無事にこの刺客の足を粉砕してやったらしい。

試合が終わり、予想外の惨敗を喫した刺客は泣く泣く去っていったが、その後1カ月は松葉杖が取れなかったのを目撃した人もいるらしく、「あそこの会はなかなかやりよる…」と評価されて、ナカノさんは会を守り地元への凱旋に成功したらしい。

余談だがこの話とオチとして、この時の刺客は何故か足が治ったら市議会議員だかになっていたそうなw

まあ、刺客の時といい、担ぎ出されやすい人だったのでしょうw

続く

86 :次男:2018/07/04(水) 12:16:35.63
>>84
とりあえず続き書きました。

87 :次男:2018/07/04(水) 12:21:45.97
85の続き

それともう一つナカノさんに纏わる話を。

この方は女性のくだりからも分かる通り、少々変わり者であったのだが、なにやら自称霊感もあるような事らしく、この日スナックで飲んでる最中も時折それっぽい話を披露していた。

例えば、空手の会を旦那から引き継いだ後に、急に頭の中に<伯楽>という字が降ってきた。
なんだこれは?と自問自答し、導き出した答えは、会を引き継ぎ今後も存続させていく上で自分は[名伯楽]として次世代のリーダーとなるべき若者を育てよ!との、なんかしらの啓示では?と思った。
実際若手育成に着手しこの時には3代目候補となる子を発掘、育成に成功していたらしい。(ちなみに旦那が初代、ナカノさんが2代目にあたる)

なにしろ、こんな感じの自称霊感男でもあった。

続く

88 :次男:2018/07/04(水) 12:26:44.02
86の続き

この日の翌日には、俺も参加して母夫妻とナカノさんカップル(?)と昼飯をご一緒し、簡単に俺らの地元を案内したのだが、とある海辺の場所でナカノさんは気持ちよさそうに海風を浴びながら、

ナカノさん「んー、この街は気の流れが良い街だねー!」

と、風水チックな感想を述べたり、なにしろ少しオカルトめいた事に傾倒している人だった。

昔から知る旦那は、逆にこの手の話を全然信じない人なので、
旦那「彼はいい奴なんだがあの自称霊感アリの部分だけはどうも好きになれない」と言っていた。

しかし、そんな反オカルト派の旦那の背筋をゾッとさせるようなことを、ナカノさんが後に語ったらしい。

続く

89 :次男:2018/07/04(水) 12:34:07.81
88の続き

これはナカノさんがウチのスナックに訪ねてきた後日談だが、母から聞いた話。

ナカノさんが帰り、数日後、旦那に直接電話があり、

ナカノさん「こないだはありがとう。あの時は楽しかったので言わなかったのだけど、実は母ちゃんの事を物凄い形相で睨んでいる、妖怪みたいな見にくい婆さんが見えた」

と言ってきたらしい。

この手の話を信じない旦那も流石にドキッ!として、ナカノさんが<見えた>という婆の特徴を聞いたら前店のママであり最後にトラブった妖怪婆そのものだった!

この時にどのような受け答えをしたのかはわからないが、旦那が母に言ってきた所、

旦那「俺、あいつのそーゆーの全然信じてなかったんだけど、今回だけはゾッとしたわ…」

と言ってきたそうだ。

続く

90 :次男:2018/07/04(水) 12:37:00.16
見にくい→醜いの誤字でした。

91 :次男:2018/07/04(水) 12:51:13.25
89の続き

果たしてこれが妖怪婆の生霊だったのか否かは定かではないが、ナカノさんを語るのに外せないエピソードでもある。

やがて俺も新たな就職先を見つけ、母も2年目、3年目と順調にスナック経営を続けて念願のスナックのママとして自立して行った。

俺が手伝っていた初年度、リップサービスのような感じもあったのだろうが、酔いながら仲良しの常連さん達に母は旦那の地元である寒い地方へはもう戻らない!
私はここでずっとスナックをやり、地元に骨を埋める!みたいなまたしても自分勝手な宣言をよくしていた。

逆単身赴任の様に、旦那を残し自分の地元でスナックをやりながら、「旦那元気で留守がいい!」を地で行く母。

俺はその手の話を聞くたびになんか、旦那に申し訳ない気がしていたが半分はリップサービスの様なもので(半分は結構本音でもあったが)実際旦那とはほぼ毎日電話したり関係は良好だったのであまり心配はしていなかった。

旦那もちょっとした連休の度にはるばるやって来て、客のはけた<自分の店>で母としっぽり飲みながら感慨に浸っていたり、盆正月の時期には母も旦那の元へと帰省して仲良くはやっていた。

旦那が俺らの所へ来た時には、普段いないので出来ない周りのお店への挨拶回りを兼ねて、近所の仲良いスナックへ俺を同行させ飲みにもよく行っていた。

この頃になると、妖怪婆のヘイトスピーチもだいぶ落ち着き真相を知った前の店からの知り合い客の人が母のスナックに来てくれたらもし始めていたが、まだ少数、ヘイトを真に受けて疎遠になっている人たちもいた。

だいぶ妖怪婆もこの地域の人たちに疎まれ出していたが、まだ数件の近所の店にたまに現れては母の悪口を肴に飲み歩いていたらしい。

そして、俺と旦那が挨拶周りを兼ねて隣のスナックへ飲みに行った時、ついにこの妖怪婆と出くわしてしまったのである。

続く

92 :次男:2018/07/04(水) 16:05:18.35
91の続き

面識は一応あったが、俺は数年見ていない、妖怪婆に始め気づかなかった。

旦那と隣のスナックへお邪魔して、その店のママさんに俺が愛想よく「こんばんはー、旦那と飲みに来ましたー!」と挨拶すると、その店のママの顔が強張った。

10人入らないほどのカウンターのみの店には男女2〜3人客がいたと記憶している。

そして何故かぎこちなくなりながらここのママさんが、「ま、まあ、いらっしゃい…どうぞ」と言いながら、カウンター席に左から俺、右隣に旦那、そのさらに右側には先にいた客達、みたいに配置で座らせてもらう。

その、旦那の右隣となった女性客こそ、妖怪婆だったのだ!

俺は薄暗いスナックの中、座っても気づかず、陽気にここのママに近況など話し始める。相変わらず表情の固いママ。
すると旦那が、俺を軽く小突きながら、視線と小声で「(旦那の)隣、隣。妖怪婆だ…」と言ってきた。
旦那は座る時に気づいたらしい。

俺もなんとなーく、入った瞬間に見たことある婆だな…くらいに思ったが、この界隈の客なんてなんかしら見たことある人も多いのでいつもここの店に来てる客で何度か見かけてるんだろう、くらいにしか思わなかった。

しかし、旦那に聞いてよくよく見てみると、確かに旦那の隣にいる先客は妖怪婆だったのだ!

続く

93 :次男:2018/07/04(水) 16:09:27.93
92の続き

なるほど、そりゃあここのママも気まずくなるわけだ。

流石に知らんぷりも出来ないので、お互い表面的な挨拶をする事になり、「どうもー、お久しぶり…どうですか?」みたいに軽く会話を交わす。

他に2名ほど先客がいたが、この人らもこの界隈の常連みたいな人で、俺らの揉めた話しは知っているのだろう。
なんとなく気まずさを察して、俺らがきて数分もしたら皆んな帰ってしまったw

すると、妖怪婆が言わずにはいられない!と言う体で、「お店どう?」と話しかけてきた。
すると旦那もなんとなく話を合わせたが、元々が一本気な性格だったこともあり、
「いや、色々あったみたいだけどあんたとは一度ちゃんと話さないといけないと思っていた!」と開店前のゴタゴタの第2ラウンドが始まりだした。

もちろん、基本温厚な旦那はあまり喧嘩腰にはならぬよう、自分がいない時に、母が受けた恥辱と未だに止んでなさそうなウチの店(母)へのヘイトスピーチはやめてくれないか?といった趣旨を語りかける。

すると妖怪婆は段々と本性を剥き出しに、ここでも旦那相手に母のヘイトスピーチを声高らかに始めた。

続く

94 :次男:2018/07/04(水) 16:15:41.70
93の続き

俺はお隣さんの店で客としてゴタゴタするのもよろしくないかな…と思い、始めは旦那をたしなめこの場は何もないよう計ろうとした。

俺「旦那ちゃん、ここはお隣さんの店だし、やめない?日が悪かったとして、俺ら帰ろうよ。何もこの婆相手にお隣さんの店に迷惑のような事になるのも…」

と提案したが、

旦那「いや!コレは大事な問題だからここでキッチリと話をつける!」

と引かずに、妖怪婆vs旦那が始まった。

旦那は急に豹変し、自分のカミさんとその後の店までも巻き込み嘘ばかりのヘイトスピーチをやめて、なおかつ非道徳的なことをされた自分らに謝罪の一つもないのか?とごく真っ当な事を問い詰める。

妖怪婆はそんな要求には目もくれず、旦那相手に明らかな虚言を用いて母の事を罵倒し始める。

続く

95 :次男:2018/07/04(水) 16:23:17.67
94の続き

妖怪婆「あの女はアバズレで、あんたのいない間に店やりながら他の男と出来てる」

など、ありもしない罵詈雑言を延々と話し続ける。

よくもまあ、これだけ嘘だけで人の悪口(それも極めて悪質な)を言い続けられるものだな…と隣にいた俺も思うくらい、母のヘイトスピーチが続いた。

すると、いい加減、終わらなそうな妖怪婆のスピーチに、旦那が割って入る。

旦那「いやいや、あんたちょっと待ちなよ。ずーっとさっきから喋ってるあんたのその話。それって一体誰に言ってると思ってるの?俺はアイツの旦那だよ?カミさんの言ってる事と、今あんたが言ってる事と俺は旦那としてどっちを信じると思う?当然カミさんの話だろーが!」

と言って妖怪婆のヘイトスピーチを一刀両断した。

隣で聞いてた俺もこの時ばかりは、「おぉ、旦那、カッコいーじゃん!」と思ってしまった。

頑として自分のカミさんを信じ、妖怪婆のヘイトは許す事は出来ない!と主張する旦那に対し逃げ場のなくなった妖怪婆は、

妖怪婆「ハッ!ダメだねー!こんなチェリーボーイみたいな男に何話したって通じゃしねー!」

などとのたうち回り、逃げるように帰ってしまったw

この勝負、旦那の圧勝であった。

続く

96 :次男:2018/07/04(水) 16:31:26.68
95の続き

妖怪婆を退治し、俺らだけになり、ここの店のママにも軽く謝り飲み直す。

ママも事情がわかっており、なんともないよ、と言ってくれた。
そして少し飲んだ後俺らも店を後にするが、なんとなくそのままうちの店に戻るのも気分が悪く。

普段はこういう時、旦那とご近所以外の場所へ行く事も少ないが、口直しみたいな感覚で近くのチェーン居酒屋で飲み直して帰ることにした。

そこで妖怪婆の酷さを話、感情的になる母には今会った事はしばらく伏せておこう、となった。

その後、母の店に戻って何事もなかったかのようにこの日を終えたが、どうせ母の耳にも入るだろうし、後日旦那から妖怪婆とバッタリ会った事は母に伝えたらしい。

続く

97 :次男:2018/07/04(水) 16:42:05.59
96の続き

そうしてまた何年か過ぎ、スナックも軌道に乗り赤字も出さずに続けられた。

4年目を終え、5年目を迎える頃に母が急に妙な話を俺にしてきた。

母「ちょっとあんた!他の兄弟にも言ったけど、身体おかしいとかなんかない?!事故とかも気をつけな!身内の〇〇から電話があって、トキ(仮名)がおかしな夢見たから気をつけろって!」

このトキとは、母の従兄弟にあたる人物だ。
トキさんはハッキリ言って障〇者である。サヴァン症候群も少し入ってそうで、明らかに健常者ではない。

この人の母、俺の母からしたら叔母にあたる人は、昔イタコの卵くらいな事をしてたらしく、代々その直の家系は少しばかりの霊感の様なものが備わっているらしい。

このトキさんはその息子なので、健常者ではない反面、我が一族内でも知られる特殊能力の持ち主なのだ。

続く

98 :名無しさん:2018/07/04(水) 19:38:59.35 ID:L3PFTQtEI
すげぇー展開!

続きよろ!!

99 :名無しさん:2018/07/09(月) 17:29:39.73 ID:WP2/JQJs9
まだかいな?

100 :次男:2018/07/09(月) 19:22:38.03
>>98
宣告してた通り、ちょいちょいオカルトチックなのが入ります。

>>99
遅くてすいません。明日休みなので今日明日でだいぶ進められるかと思います。

101 :次男:2018/07/09(月) 19:32:31.88
97の続き

母の従兄弟にあたる、このトキさん。
現在は60代くらいだが、相変わらず(健常者ではないという意味で)今でも少年の様なここならの持ち主である。

俺らがガキの頃、主に法事などで会うと幼稚園か小学校低学年くらいの俺たちガキどもと同レベルで遊んでくれて、俺はトキさんの印象は良い。

とゆーか、発達障害と言って良いかわからないが、なにぶん悪意という物は持ち合わせていないので子供心に悪い印象がないのも当然だったろう。

そんなトキさん、霊感と言っていいのか、とにかく特殊能力があるらしい。
母達親族に言わせれば、前述したトキさんの元イタコ崩れの母親の影響というかDNAだとの事。

従兄弟レベルでの親族同士のつながりが強い母一族に、たまにこのトキさんのお告げ(?)的な話が持ち上がるのだ。

それが、今回は夢を見たとの事。

続く

102 :次男:2018/07/09(月) 19:39:40.71
101の続き

トキさんが見た夢とは、俺の祖父と祖母、それに祖父の姉の3人が怖い顔してこっちを睨んでいる!という夢。
この時ウチの母が言ったのはこの話だった。

トキさんが何かある時、この母の従兄弟連中でも最年長のカズコ伯母さん(仮名)に連絡してくるらしい。

後日談だが、この時母には「3人の叔父叔母がすごい形相で睨んできた」と聞いたが、後にカズコ伯母に聞いたところ、「2人の男兄弟がいる家の誰かに何かある!と言ってた」という、少し具体的な話も聞いたが、なにしろそれにウチが当てはまったのだ。

しかと、登場人物の3人中2人が我が家の祖父母だ。
ちなみにこの頃には母連中の親世代、俺からしたら祖父母世代は全員亡くなっている。

その中で我が家の祖父母が仲良く登場してしまっては、うちに何かあるフラグが立ちまくりであった。

続く

103 :次男:2018/07/09(月) 19:40:50.31
101

少年の様な心の持ち主

の間違いです。

104 :次男:2018/07/09(月) 19:54:06.42
102の続き

母はオカルト好きだ。
霊的なことも信じてるし、世の中の不思議な事象も信じてらタイプ。
しかし、本人には霊感はあんまないw
たまに自身が感じた霊感じみた事も言ってくるが、俺からして見たらあんま当たった事はない。

だけど、オカルト好きだから、トキさんの事は信じていた。トキさんの霊感的なのに関しては俺も信じてはいるが。

だからこそ、この時の話には母も要注意を払っていた。
俺の心配はもちろん、姉や兄など、なにしろ自分の子供達に災難が降りかかってはいけない!と必死に考えていた様だ。

やがてこの話から1週間が経ち、2週間と過ぎていき。

3週間ほど経った頃、トキさんが見た夢の結果が明らかになった。

母が末期の大腸癌にかかっている事が発覚した。

続く

105 :名無しさん:2018/07/10(火) 18:26:01.20 ID:wp0n3w0s1
なんでだよw
ちくしょ〜w
ますます気になるやん!!

106 :次男:2018/07/10(火) 20:42:54.53
>>105
続きます

107 :次男:2018/07/10(火) 20:56:47.61
104の続き

俺はこの時、母に付き添い病院に行っていた。
そのちょっと前から、母は体調不良を訴えていて家に近いショボい病院に行っていた。
症状としては腰回りが異常に痛かった。

しかし、その町内にあるヤブ医者(オバハン女医だったらしい)は、

ヤブ医者「あ〜、貴方みたいに自営業やってる人に良くあるんですよ。ただの腰痛ですね!」

などとほざき、この時はなんともない、との診断が降されていた。

それでも体調が一向に優れなかった母が、街の大きめな病院へ行き再診察を受けた所、末期の大腸癌が発見されたのだ。
俺はちょうど休みの日で、病院へ送って行った。
用事があったので母を降ろした後用事を済ませていたのだが、予想していたより診察終わった!と連絡が来るのが遅かった。

「もしかして…」と不安を覚えながら車を走らせていると、母から電話が鳴った。
運転中だった為、近くのコンビニに車を止めて母へ折り返しの電話をしようとしたら旦那から電話がきた。

これはいよいよただならぬ…と思い電話に出ると、旦那がかなりテンパってる様子でまくしたててきた。

旦那「今、大丈夫か?!母ちゃん、癌だって!俺はすぐに行けないから、お前、病院行ってやれるか?仕事中か!」

と、おそらく俺が付き添いで送り迎えする事は知らぬ様子で、慌てていた。
衝撃の診断を降され、俺に電話したが出なかったので旦那に電話したのであろう。
それに呼応して俺に慌てて電話してきた旦那、といったところか。

ショックは受けながらもとりあえず俺は用事を済ませ病院へ急いで戻った。

続く

108 :名無しさん:2018/07/11(水) 09:12:46.32 ID:Wi8FRHN4O
悪い予感が・・・

109 :次男:2018/07/11(水) 22:37:44.07
>>108
まあ、まだまだ続きますw

110 :次男:2018/07/11(水) 22:45:56.33
107の続き

母のいる病院に戻ると、衝撃の診断を下され一人ぼっちで、心細さこの上なかったと言った感じの母が俺を見るなり、

母「……大腸癌だって……」

と苦笑いしながら言ってきた。

俺「まぢか………」

予想以上に最悪な結果に、俺も気の利いた言葉が見当たらない。
まあ、こんな時に気の利いた言葉も何もないもんだが。

母の話を聞いたところ、診断を受けてすぐにここの大病院の医者は異変を感じ大腸をくまなく検査するために、いくつかの科を朝からたらい回しにされ検査されたらしい。
終わる時間が長かったわけだ。
すると、

医者「Iさん、今日きて良かったですよ…もう数日でも遅かったら手遅れでした」

と言って、母が大腸癌である事を告知したらしい。
まだ俺が戻ったこの時も、検査の延長で、午後の診察も終わり病院も閑散としてきていた。

母はもちろん、俺もどうしていいかわからず、ただただ「大丈夫だから」「医者も今日来て良かったと言ったんでしょ?」などと慰めにもならないような励まししかできなかった。

続く

111 :次男:2018/07/11(水) 22:54:03.59
110の続き

やがて病院の待合室のベンチには俺と母だけになる。

大きい病院なので入院している人も多く、時折見舞いの人や入院患者、病院関係者らが行き来しているが、広い病院(の待合場の椅子)には俺と母しかいない状態で待ち続けた。

時折、母と「いつまで待つのかな?」「遅いね」などと軽く会話しながら、待合室などにおいてある癌に関する冊子などに目を通したりしていた。

そうこうして待ちながらも俺は頭の中で色々な思いを駆け巡らせていた。

「母が癌?」「死ぬのか?」「いつまで生きられる?」「何故急に?」

人間、脳がパンクし始めると思考を停止したがるものなのか、俺は急に激しい睡魔に襲われた。
そして待合室の椅子に母と2人座りながら、俺は寝てしまった。

どれほどだったかわからないが、おそらく5〜10分程だっただろうか。

この時目が覚めた瞬間に真っ先に思った、俺の偽らざる思考。

うたた寝から目覚めた俺「………?!よかったぁ〜、夢だったかぁ〜〜!」

続く

112 :次男:2018/07/11(水) 23:07:06.58
111の続き

しかし、夢ではなかった。

あの時ほど、「夢だ!良かった!」と思ったことは後にも先にもない。
でも、夢ではなかった。

そう思った刹那、正面にある病院待合室の無機質な時計が先程から大して進んでない時刻を指しながら動いており、俺の隣ではか細く検査の詳しい結果を待ち続ける母の弱々しい姿があった。

いい加減、待たされ疲れ、たまに通りかかる看護師らしき人に声をかけたりしたが、そうした所で物事が早く進むこともない。

そんしながら、徐々に俺も母も軽い冗談的な、小笑を交えながら明るめな話もできるようになって来た。

今更だが、母はネアカと言って良い女性だ。
俺も少し血を引いているのか、文句や悪口的な事は言いながらも、最終的にはお笑い話で終わらせる、というような比較的ポジティブな思考、話術ができる方だと思っている。

この時も、待ち疲れ、ネガティブでいることにも疲れ途中から母とぶつぶつ待たされてる事の文句など言いながら、2人で軽く笑いながら話せるようになっていた。

朝から来た病院で、時刻はもう夕方にさしかかろうとしていた。

やっとお呼びがかかり、この後の流れを医者から聞くことになるが、当然のように即入院。
出来る限り早い段階で即手術となるそうだ。

末期癌といって差し支えないと思い、末期と前述したが、医者からは末期癌という単語は使われなかった。
しかし、ご家族などが癌にかかったりでご存知の方もいると思うが、癌の進行度を4つの形で表す言葉で、ステージ4だと言われた。

ステージは1〜4の4段階で、1が一番軽い症状らしい。
要するに末期だという事。

続く

113 :次男:2018/07/11(水) 23:29:08.45
112の続き

ここで癌のステージという目安を簡単に説明させてもらうが、
ステージ1  この先5年間の生存率99% ほぼ治る
ステージ2  この先5年間の生存率85% これもほぼ治る
ステージ3  この先5年間の生存率75%  頑張れば治る
ステージ4  この先5年間の生存率15%  急に望み薄…

こんなような感じ。多少%に誤差があるかも。
母はステージ4。これは待合室にあった冊子を読んだ時点で、俺には絶望的に感じた。
こうなったら、是が非でも15%の側に入るしかない。

兎に角、手術をして、大腸に出来た癌を摘出することになった。

急な入院&手術&癌告知に兄弟や身内、旦那も北国から駆けつけ家族総出で戦闘モードに入る。
と言っても、実際戦うのは母本人と執刀する医者だけれども。
確か1週間ほどで手術をして、手術はまあ成功。
実際腹を切ってみて、開けてみないとわからないことも多いらしく、最悪の場合は開けてみたら手のつけられない状態なんて事もあるらしい。

だが、幸いにも母の癌は取り除かれた。
術後、医者の話を旦那を始め俺や兄も一緒に聞いた。

続く

114 :次男:2018/07/11(水) 23:30:42.72
113の続き

112の続き

要約すると、今回の手術は成功し、今現在悪い所は取りました。
しかし、癌の怖い所は、癌細胞という奴は血を乗り物にして体の色んな所へ飛び移ってしまう。俗に言う癌の転移という奴だ。
そればかりは、今後の経過で発覚していかないとわからないもので、今現在いくら見える部分で癌を完全排除出来ていたとしても、いつ再発してしまうか、それもどこで再発してしまうものなのかもわからない。

その転移を防ぎ続けるために、抗がん剤治療などその他の癌治療というのを続けていかなければならない。
それが完全に完治と言えるレベルまでになる目安が、前述したステージ目安にも出てくる5年目安だとの事。
5年経って何もなければ完治、再発、転移してしまう場合はその5年間の間にまた癌になる、というような感じらしい。
俺の解釈で申し訳ないが、母の癌について簡単に明記させてもらうと、こんな感じであった。

続く

115 :次男:2018/07/11(水) 23:46:51.85
114の続き

イマドキの医学というのも大したもので、母の癌手術が終わって2.3日もすれば退院していた。

その後も抗がん剤治療などしながら、再発を抑えつつ治療に勤しむ。

この間、スナックも閉めていて、今後の営業をどうするか?と話し合ったが、店に復帰する、というのも一つのモチベーションにもなるだろうから、と、くれぐれも無理はしない事を条件に体調が戻り次第、スナックへも復帰して営業もゆっくり続ける事となった。

やがて数ヶ月が過ぎ、順調に体調も戻り、母も気力を回復してスナックを再び営業出来るまでになった。

この間も、定期的に病院へは通い、抗がん剤治療などできうる限りの治療もしていた。

旦那が癌に効く温泉(湯治場?というのか?)も見つけ、やや遠い地方だったが連れて行ったり。

以前より何かと気を使わなければいけなくなったが、ともすれば癌もこのまま何事もなかったかのように完治するかも?と思うところまで来ていた。

続く

116 :名無しさん:2018/07/12(木) 12:04:52.03 ID:gBgT42Ib8
続くよな!
続くんだよな!!
まだまだ終わらんよな!!!

117 :次男:2018/07/12(木) 19:45:31.19
>>116
ご心配なく!まだ続きますよw


115の続き

この期間、数ヶ月に一度、抗がん剤治療を受け、その時の検査で<腫瘍マーカー>なる数値も出されていた。

この腫瘍マーカーがどの程度の物なのか未だにわからないが、検査の度に母から送られてくるメールに、

母「今日も腫瘍マーカーが〇〇下がってた!」

などと、着々と完治に向かっている様子が伺える連絡があり、その都度
俺「良かったね」
と返事をしていた。

これは湯治場の効果もあり、癌に勝ったのでは…

と思い始めていたが、最初の手術から約一年が経った頃、同じ大腸内での再発が発覚してしまった………

続く

118 :次男:2018/07/12(木) 19:53:46.31
117の続き

初めに癌が発覚した時よりは、心構えもあったので衝撃性はなかったが、それでもショックはショックであった。

そして前回と違うのは、一年に渡る抗がん剤治療も母の体力を相当奪っており、今回発見された場所も以前より難しい場所にあり前回よりも手術も難易度がある、との事。

前回の時も記したが、腹を開けてみないと…という確率も今回の方が悪いらしい。

即ち、手の施しようがない、という場合も最初の手術の時よりもあるらしい。

とはいえ、何もしなければどうにもならないので今回も手術に臨む母。

この時の手術は、予定より大幅に長引き、昼から始め夕方には終わる予定が、仕事を終え夜に駆けつけた俺が病院についても手術が終わっていなかった。

続く

119 :名無しさん:2018/07/12(木) 20:57:46.07 ID:d/8GeRfN9
今追いついた!続き待ってます。

120 :次男:2018/07/13(金) 00:44:54.49
>>119
寝る前に少しだけ続けます!


118の続き

とっくに終わってるはずの時間でも手術が終わっておらず、俺も些か「今回はヤバイのか…」と少し不安が増幅した。
ただ、腹を開けてみて「ダメだ!」となっていないのは確かだ。

ひたすら、待つしかない。

俺が駆けつけてから1時間ほどもするとやがて、手術が終わった。
長引いた理由の一つとしては、今回の場所的に癌を摘出した後に膀胱ら辺に負担がかかる為、術後に尿袋?を脇腹に取り付け、尿を人工的に出すようにするか?という判断があった。

それを母が拒否したために腸をアレコレ切ったり繋げたり、複雑な手法を取らなければいけなくなった事も要因であった。

それでも、執刀医の頑張りと母本人の踏ん張りから手術は無事に成功。

癌を取り除く医師と、腸を繋げる医師とが別で2人がかりでの手術となった事なども長時間に及ぶ大手術となる要因でもあった。

2人の医師に経過と手術の成功の説明を受け、安堵する我ら身内。

大手術の後だけに前回より少し時間は要したが、退院も無事に終え母は再度、スナック復帰に向け抗がん剤治療など闘病生活を送り始める。

続く

121 :次男:2018/07/13(金) 00:52:12.78
120の続き

こうして闘病生活を続けながら、なんとか普通の日常生活を取り戻しつつ、スナックを以前よりは休みながら開けられるようになった。

旦那とは湯治場へ行ったり、暇を見ては昔からよく行っている旅行を、今までより噛み締めるような思いで満喫したりしていた。

相変わらず続ける抗がん剤治療も相当に辛いらしく、何度か母も「もう、抗がん剤治療やめようかな…」と弱音を吐いていた。

実際、前回の時より今回の方が重症だったため、抗がん剤治療もキツくなり、母の髪の毛はみるみる抜け落ち、一時期はほぼ坊主に近い感じになってしまっていた。

よく話には聞いたりはしていたが、実際に自分の母親の方がどんどん無くなり、痩せていたのも含めて骸骨のような姿になってしまって、俺はなんとも言えない気持ちになった。

60半ばくらいになっても女性である母も、髪の毛がなくなっていくのは相当に辛かったと思うが、それでも、数ヶ月経つと髪の毛もまた生え始め、順調に回復への道を歩き始めていた。

続く

122 :次男:2018/07/13(金) 01:04:08.46
121の続き

この頃、俺的にもう一つの葛藤があったのが、母が続けているスナックに、身内が訪れてくれた時である。

元々結びつきの強い、母の従兄弟にあたるオジオバ連中が、母の見舞いがてらスナックに来てくれた。

だがそういう時は大概皆がその場での楽しさをいつまでも続けたいと思うあまり、母の帰りも遅くなってしまうのだ。

以前よりスナックも早い時間に閉めて極力身体に負担のかからないようにしていたのだが、こーゆー身内の集まり的になってしまうとオジオバ連中も帰りたがらない。

母もいつ別れが訪れてしまうかわからない不安からか、この一瞬を1秒でも大事にしたいかのように店を閉めようとしない。

俺はなるべく夜、車で迎えに行ってあげてたのだが、身内が来てくれてる日はほぼ俺からの「もう閉める?迎えいく!」というメールに対し「まだみんないる!まだ閉めないから来なくていい!」という返事が来て、最終的には「遅くなるからタクシーで帰る!」となっていた。

母の身体を思えばいくら名残惜しくても早めに店は閉めて身体をいたわって欲しかったが、滅多に会わないような身内連中と名残惜しく、今という時を共に過ごし続ける気持ちも痛いほどわかったので、俺としてはやきもきするしかなかった。

続く

123 :次男:2018/07/13(金) 01:11:45.00
122の続き

そうして数ヶ月が過ぎ、相変わらずの抗がん剤治療なども続けて、その度に「また腫瘍マーカー下がりました!」と母からの朗報に少し安心する、という日々を繰り返していく。

この間、癌の再発はなかったが時折、腸閉塞の手前?くらいな症状になってしまい、少しの入退院を何度か繰り返していた。

特に、湯治場へ行くのに長距離移動して遠い地方へ行った時など、母の体調が悪くなり、そのまま現地で入院、腸閉塞のカラミだった、とゆー事も増えていた。

まあ、これは尿袋を拒否し、無理くり腸を繋げまくった報いのようなものだ。

そうして二度目の手術から1年が過ぎ、幸いにも癌の転移・再発はなかったものの、辛い抗がん剤治療などの闘病生活に対して、ついに母の体力に限界が見え始めだした。

続く

124 :名無しさん:2018/07/13(金) 18:06:30.53 ID:HSeTAPe8W
ゆっくりで良い

待ってるよ

125 :名無しさん:2018/07/26(木) 09:24:08.29 ID:oUdhAzw6f
どうしたんだ?
続きは!!!

126 :次男:2018/07/26(木) 21:59:49.38
>>124
お言葉に甘えちゃっててすいません!
ぼちぼち続けられそうです。

>>125
すいません!
少々プライベートでバタバタしてまして…
間空けてしまってますが、なんとか再開します!

127 :次男:2018/07/26(木) 22:11:14.62
123の続き

これはあくまで、母の件に関しての俺の私見です。

癌という、人間の3分の2くらいの死因である、大多数の人が直面するであろう、事象に対して、こう言ってしまうと不謹慎かもしれないが、母の一件を踏まえ俺はどのような結末になるのか?検証みたいな感覚を覚えていた。

祖父も癌で亡くなったが、高齢も手伝っていて、例えば医者から「余命数ヶ月」などの告知もなく、自然と衰え亡くなっていった…様な状況だった。

しかし、母の場合はそこまで高齢でもなかったので医者からの余命宣告などもなく、治っていってる様な様相を見せつつも、淡々と絶命への道を辿って。いってい。るようだった。

続く

128 :次男:2018/07/26(木) 22:24:30.97
127の続き

母の癌に関して言わせて貰えば、完全なる<体力の限界>であったと思う。

具体的に言えば、ガンに侵される→食欲も奪われる→病原をシャットアウトする為の体力を養う行為(食事)がままならない→食事を満足に取らなくなってくるので、体力も衰える→癌の進行が勝つ→………

という図式だ。

回りくどく説明してしまったが、結果を先に明かしてしまうと、母は癌で亡くなった。

齢66歳。

癌が判明してから、約2年10ヶ月の闘病生活の末、天に召されたのだ。

今まで投稿した流れをおさらいしながら時系列で追って行くと、

1 末期癌が発覚する
2 手術成功(後、抗がん剤など闘病生活)
3 1年後転移見つかり2度目の手術成功
4 以前より体調不良などでの緊急入院が増える
5 2度目の手術から1年ほど経ち、体力的にキツくなってきて、食欲の減退、癌治療の減少、見るからに痩せ細りだす
6 1から約2年半ほどの時、入院、後、約2ヶ月後亡くなる

以上が母の晩年を略した時系列だ。

続く

129 :名無しさん:2018/07/27(金) 17:10:22.23 ID:gOX6/kacH
最後まで付き合うで
続きよろ

130 :名無しさん:2018/07/27(金) 21:15:30.74 ID:w2lnkoChy
ありがとう
ちょっと質問だが>>38の従兄弟と俺と兄、男4人でのシーンで
兄が二人なのか
それともいとこが二人なのか
細かいとこだが教えてくれ

131 :次男:2018/07/29(日) 01:37:47.45
>>129
ありがとうございます。
まもなく終焉を迎えますが、後日談みたいなエピローグも書いたらもう少し続くかもしれません。

>>130
兄は1人だけです。
ご質問のシーンは、俺と兄、従兄弟2人の男4人ということになります。

132 :名無しさん:2018/07/30(月) 16:40:04.16 ID:d5k1JSQWF
楽しみにしとるで!

133 :130:2018/07/31(火) 17:03:18.96 ID:cOPDHsGsw
>>131
回答ありがとう
楽しみにしてるよ!

134 :次男:2018/08/01(水) 22:31:16.24
>>132
ありがとうございます!

>>133
完まで頑張ります!

128の続き
結果を先に晒してしまったが、話を少し戻します。

2度目の手術から一年後(癌発覚から一年と2ヶ月ほど)、再発の様なハッキリとした絶望感はなかったが、母の食欲が明らかに細くなってきていた。

母は外食が好きで、俺をパチンコの稼ぎだけで育てた事もあり、闘病しながらもパチンコへほぼ毎日出かけ、夜には仕事終わりの俺と夕飯を外食で済ますことが多かった。

とはいえ、食の細くなってきた母は一人前の半分も食べられず、夕飯に付き合う俺はほぼ2人前を食さねばならない。

幸い、<痩せの大食い>を地で行く俺は、2人前を平らげていたが、何より、食欲の起きない母に何とかして食事を取ってもらう事が第一義で、自分の暴食は二の次に考えていた。

そうこうしながら、月日は経ち母は食が細くなりながら身体も徐々に細くなって行った。

続く

135 :次男:2018/08/01(水) 22:38:01.11
134の続き

その間にも通院や湯治場への旦那との旅行を重ねていたが、この頃になると湯治場へ行く度に現地で軽い腸閉塞を発症し、現地で入院を繰り返す。

実際のところはなんとも結論を出せないが、俺的にはもう、体力をすり減らしに行くように見える湯治場通いはやめた方が良いのでは?と思っていた。

湯治場を否定するつもりはない。

しかし、こうも体力か減り、湯治場へわざわざ5〜6時間かけて新幹線を乗り継ぎ、バスに乗りつつ湯を浴びに行っても、その都度体調不良を訴えていては元の木阿弥である。

もっと体力が回復してから、湯治場も再開するなどした方が効率の面でも良い気がしていたが、旦那も必死だったのだろう。

2〜3ヶ月に一度くらいの湯治場通いを続けていた。

が、その度に母の体調は悪化しているように見えた。

続く

136 :次男:2018/08/01(水) 22:42:15.69
135の続き

そうして一夏を越すと、母は俺との外食時にもほぼ一口ほどしか食事が喉を通らないようになってきた。

俺が休みの時に昼食を共にしたが、ほぼ食べない。
とゆーより、食べられない。

そしてその頃に通院した時に、脱水症状になっている、との診断を受けて、その日に即入院となった。

その知らせを受け、なんとなく「これが最後の入院かも…」と直感した俺は仕事を早引けして病院に駆けつけた。

続く

137 :次男:2018/08/01(水) 22:48:31.06
136の続き

俺が病院に駆けつけると、母ひ苦笑いをしながら「遠いのに、わざわざ来なくても良いのに…」と言っていた。

自分でいうのもなんだが、でも、本心では子供の中で一番可愛がっていた末っ子である俺が来てくれて嬉しかったのもあるであろう。

結局この入院を最後に、母は退院することはなかった。

それから約3ヶ月近く、入院中の母を見舞いながら、俺も仕事に勤しむ。

おそらく一番遠い場所にいたことから、姉や兄より俺が見舞える回数は一番少なかったと思う。

それでも、母はたまに見舞いに来る俺の顔を見ると嬉しそうに微笑んでくれた。

もうこの頃になると、体力の著しい低下から抗がん剤治療なども施さなくなっており、ただただ、母の体力の低下を眺めているしか無くなっていた。

続く

138 :名無しさん:2018/08/02(木) 09:52:58.88 ID:VCqLQqFzY
涙がぁ・・・

139 :名無しさん:2018/08/13(月) 10:09:16.71 ID:vrqTPMHMt
待ってるで・・

140 :sato:2018/08/13(月) 18:34:53.06
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141 :名無しさん:2018/08/20(月) 18:18:47.73 ID:6kO+yGUgC
続けてくれ!

142 :名無しさん:2018/09/03(月) 14:37:29.12 ID:Sslptlmcs
終わり?
続かないの?

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