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本能のままに生きた母

1 :次男:2018/05/22(火) 07:10:19.29
俺の母親の話をしたい。

幼き頃、我が家は七人家族だった。
母方の祖父母、両親、姉、兄、俺。
まぁ、昭和末期によくある、核家族とは無縁の至って普通の家庭だった。

父は所謂サザ○さんのマスオさん状態で、養子。
この事がのちに俺の家庭環境をややこしくする要因の1つになる。

幼い頃は本当に普通の家庭だった。
俺は末っ子なので、皆んなに可愛がられながら育つ。

家族七人もいると、多少の派閥みたいなものも生まれがちだ。
例えばウチの場合は祖母は姉を可愛がり、祖父が兄を贔屓する、みたいな。

そんな中、俺は家族の誰からも愛されw順調に幼少期を過ごしていく。
他の家族もなんら変わらない様に生活していた様に思う。

そして母の本能が覚醒する最初の出来事があった。

12 :次男:2018/05/24(木) 23:03:35.95
10の続き

直近の出来事は割と鮮明に覚えているが、この話の初期となる昔の話は色々とうろ覚えです。なので、あまり記憶に自信がないが、この不倫がバレたくだりは確か祖母から聞いたと認識している。

母の実母である祖母は、現代で言えば大家族である7人家族の中では、所謂[一番普通の人]であった。自分を含め、それ以外の家族は正直言ってそれぞれ長短のある、よく言えば個性が強い、あまり一般社会において[普通の人]とは言えないと思う。

そんな我が家では唯一と言っていい[普通の人]である祖母が血相変えて俺に話して来たのはなんとなく覚えている。

祖母「俺ちゃん!お父さんに母の(嘘の)旅行がバレちゃったよ!(;ω;)」
まあ、この物言いだと前述した「祖父母がどう捉えていたか…」と言うのはわからないが、ジジババも良い歳だし母がしているのがイケナイ事である事、そして相手のIさんの印象が悪くなかった事などが推測される。

なにしろこの時に、数年続いた母の不倫があっけなくバレた経緯を俺も聞いたのである。

続く

13 :次男:2018/05/24(木) 23:05:46.98
>>11さん
本当、ありのままが一番ですね。
ただし私の母はあまりゆったりではなかったかもしれませんねw

14 :次男:2018/05/24(木) 23:15:34.26
12の続き

当時は携帯などなかったので、衝撃の事実(幼馴染との旅行という嘘)を目の当たりにした親父はおそらく帰宅するなり家にいた祖母に話したのであろう。「幼馴染と会ってしまったが、母は一体どいつと旅行中なのか?」と。
ノーマルヒューマン・祖母のこの時の狼狽ぶりは相当なものだったのだろうw

とにかく、母の不審な行動がバレてしまった。

細かいやりとりなどこの当時アレコレあったろうが、俺には詳細を語れるような情報と記憶がない。なので、詳しい話は省略させてもらうが、まあ普通に旅行から帰った母は親父に問い詰められたのだろう。そしてまだその時には白状しなかったであろう。

そして母はある行動を取る。

政治家などがこーゆー時(後ろめたい何かがあり逃げ出したい状況)取る行動の筆頭に、入院します!とゆーのがあるが、生憎俺の母は政治家ではない。

一般の主婦が出来る逃亡………

家出をしたのである。

続く

15 :次男:2018/05/30(水) 23:28:41.04
14の続き

この家出は確か1〜2週間ばかりだったと記憶している。この時、やはり狼狽していたのは我が家唯一の普通人、祖母である。
祖母「どうしよう!1ちゃん、お母さんがどこか行ったきり帰ってこない!泣」
俺「……まあ、そのうち帰ってくるよ…」
そんなやりとりが何度かあった。

ちなみに俺がそう答えていたのも訳があった。
おそらくこの時我が家で母の家出先に気づいていたのは俺、と、姉(姉が知っていたのは理由があるのだが)の2人だけだった。
単純に不倫相手のIさんちにいたのだ。

俺の場合は消去法による推理。
不倫がバレた、家出とゆー名の逃亡、行先は不倫相手のIさんちであろう、と。俺もなんとなくはIさんちは知っていた。同じ市内の、車で20〜30分のところにある。

当時、高校生だった姉は10歳くらい年上のバイト先の社員と付き合っていて、この彼氏がIさんと同い年だったことから、母子よろしく互いの彼氏(?)を含め仲良く遊んでいたらしい。
なので姉も共犯となり、この時の母の家出時の潜伏先も当然把握していたらしい。

ただ、俺からして見たらわかり切った潜伏先も、そこまで頭の回らなかった祖母や兄からしてみたら、かなりの大事として捉えていたらしい。

そんなこんなで、1〜2週間してひょっこり帰ってきた母。

と、思ってたが、後年兄から聞いたところによると、親父が不倫相手のヤサまで突き止めたらしく、兄が踏み込むのに付き合わされていだと言う事実が発覚。当時は俺はその辺聞かされてなかった。

続く

16 :名無しさん:2018/05/30(水) 23:32:42.38 ID:5Ac4+2tZ9
>>15
読んどるよ

17 :次男:2018/05/30(水) 23:36:11.73
15の続き

このくだりは少しTVとか出てくるドラマ仕立てぽいなー、と聞いた時に思った。とゆーより、これを話してた時の(その場に居合わせた)兄が言っていた。

不倫相手のヤサを突き止め、兄も同行させ踏み込む親父。
この信号を曲がれば家は目の前…とゆー正にその時、親父と兄の乗った車が赤信号で止まっていると、家側からIさんの車が出てきたらしい。助手席にはもちろん母。
それを目の当たりにした瞬間、
親父「!!お、おおおい!!!」
と奇声を発しながら、プアー!ぷぁぱぱーーーん!とクラクションを鳴らしていたらしいw

そこで、不倫中の2人はあえなく御用となったようだ。

兄曰く、「あの時ほど《あちゃー(;ω;)》と思ったことは今までない」らしい状況だったと。

続く

18 :次男:2018/05/30(水) 23:40:41.70
>>16さん
どーもです。
少し間空けてしまうと、話のまとめがうまくいかない気がしますがなんとか続けさせてもらいます(>人<;)

19 :次男:2018/05/30(水) 23:51:58.57
描き忘れに気づいたので追加させてもらいますが、過去のBBのくだりの時、その後男女の関係に発展したのはウチの母だけではなく、斜め後ろの御宅のお嬢さんも隊員のリーダー格Hさんと多少のお付き合いがあったらしいです。
ちなみにそのおつきあいは長くは続かなかったそうな…

20 :次男:2018/05/31(木) 00:01:19.05
17の続き

その後、我が家では深夜に母と親父の口論が毎夜続いていた。
俺はもう勘弁してくれよ…と、寝ようにも寝れない騒音に辟易し、口論の続く二階から一階へ避難して寝るようになった。

正直、我が家が心地の良い場所ではなくなっていたが、今でも心の中で勝手に感謝しているのだがこの頃は中学校が楽しくて仕方なかった。友人にも恵まれ、充実した学校生活を送っていたのだ。
特に友人達に我が家の事情など話していなかったが、毎日が楽しく、バカばかりやりながら学校生活を謳歌出来ていたことから、劣悪になり始めていた家庭環境にも惑わされず、この当時は生きていた。

やがて両親のバトルも終息を迎え、離婚する事となった。こうなると哀れなのは親父で、始めの頃書いた通り養子であった親父は妻に裏切られた上に離婚となると家も出て行く羽目になった。
大人になって色々と理解できるようになってからは親父の悲惨さに同情したが、この当時は俺はそこまで思わなかった。洗脳されてたのもあるし、すまんね、親父…

そして母はIさんと暮らすために家を出る。同じ頃、姉は結婚する為に家を出る。いきなり俺と兄、祖父母の4人暮らしが始まった。ちなみに姉の結婚相手は先述した彼氏とは別。

続く

21 :次男:2018/05/31(木) 00:11:53.13
20の続き

これにより、俺らは今まで通りの姓、母はI、親父は旧姓となり、結婚した姉を含めるといきなり身内の苗字が4つに分かれてしまったw
これは後ほど高校生になってからネタにさせてもらったw
Iさんは晴れて母の旦那となったので、これからは旦那と呼ばせてもらう。

この辺がウチの場合ややこしいのだが、よくある離婚→再婚話だと、義父であったり義母と表し一緒に暮らして、となるのだが、我が家の場合は両親共に家からいなくなり、それぞれ苗字まで変わりやがった。
なので、これはこの先数十年と母の旦那を見た職場の人らから「俺くんのお義父さんか…」みたいな言われ方をしてきたがどーもしっくりこない。
おとーさん、オヤジと俺の中で言えるのは旧姓に戻ってしまった親父だけだ。

母の旦那が若かったこともあるだろうが、一緒に1つ屋根の下に住んだこともない状態だったので、旦那の事をお父さん、と呼ぶのには抵抗があった。
ちなみに旦那とは俺は大人になってからも良好な関係で、一度「母親をとってしまった、みたいな事はお前らにも悪い事をしたなーと思っている…」ような事を言われた事もあるが、それは気にしないでくれ、と言っておいたり

22 :次男:2018/05/31(木) 00:24:01.14
21の続き

この後、たまに母は実家である我が家へ顔を出す。あくまで旦那んちで暮らしてはいるが。

親父は同市内で一人暮らしを始めた。

俺はとりあえず、年老いた祖父母が可哀想だったのでなるべく洗濯だの家事を手伝うようになった。
そうこうして月日は流れ、親父は結婚相談所で新たな奥さんを見つけたようだ。
不器用なりに、離婚後荒れまくった生活にも終止符を打つべく、アクションを起こしていたのだ。

そして我が道を行った母に1つの転機が訪れた。

旦那の転勤で寒い地方へ引っ越すことになったのだ。

続く

23 :次男:2018/05/31(木) 00:32:52.56
22の続き

これは信憑性がある話なのかわからないが、旦那の職業は独身のままでいると地元へと配置転換される仕組みがあるらしい。
なので母が早く籍を入れてしまおう!と言っていた。しかし、旦那には旦那側の事情もあるらしく、もたもたしているうちに、同棲はしていたが正式な夫妻になる前に旦那の地元である寒い地方へ異動指令が出されてしまったのである。

これには母はいつまでも文句を言っていた。
自分が生まれ育った土地を離れたくなかったのと、寒い土地はやだからなのだろうが、元はと言えば自分で蒔いたタネなのでわなかろーか?…と俺は思っていた。

確か俺が高校を卒業して、19.20くらいの頃だったと思う。

そして田舎にありがちな、車がないと何もできない!とゆー理由から、母は50手前にして車の免許を取りに行くことになった。

続く

24 :次男:2018/05/31(木) 00:45:47.39
23の続き

我が家にいた頃から、家族内でも運転に一番向いていない母が40後半になって免許を取りに行く事は我ら身内からしたらかなりの衝撃だった。
まあ、免許はなんだかんだ取れたが、初めて母の運転に乗った時の違和感と言えば恐怖しかなかった…

この頃は、母が年に数度帰省してきたり、逆に俺が北の方へ遊び行ったりと年に数度は会っていた。
そして、俺が21歳くらいの時、母から衝撃の話を聞かされた。
これは今でもネタとして使えるはなしであるw

続く

25 :次男:2018/05/31(木) 00:50:58.80
24の続き

俺が母のところへ呼ばれる時は、決まって旦那が仕事で山籠りのために1ヶ月ほど留守にする時。単純に雪国で1人だと寂しかったのだろう。

そんな雪国でのとある夜、母と2人で夜ご飯を食べて飲みながら話をしていたら、酔いも手伝いだんだん母の話が熱を帯びてきた。
この頃になると俺も成人していたし、母との会話も大人同士の会話が出来て子供の頃の会話よりも花が咲くものである。

スイッチの入った母ひ何故かラジカセの演歌を爆音で流し始め(スナックを演出したかの様にw)、おもむろに語り始めた。

母「あんたの高校の学費はねー、私がパチンコで全部稼いでやったのよ!」

俺「ふぁぁぁぁーーー?!(゚ω゚)」

続く

26 :名無しさん:2018/05/31(木) 22:34:59.95 ID:7Or20iDJV
ここまで読んだが、面白いなw

27 :名無しさん:2018/05/31(木) 22:53:18.92 ID:zkm5jYkoW
>>26
同意

28 :名無しさん:2018/06/01(金) 18:47:11.85 ID:HEAGnUqXK
日本IBMの大森一治さんの職務専念義務違反
就業時間中に会社の設備を利用して継続的に株取引を行っていた。
長期間ほぼ毎日。
経済行為であるため、
職務専念義務違反に加えて
二重就職や副業をやっているとみなされる可能性すらある。
日本IBMの大森一治さんの社内情報漏洩
騙して交際していた女性宅の固定電話で
2時間にも及ぶ社内電話会議や取引先との折衝をしていた。
電子社員名簿を開示し閲覧させた。

29 :名無しさん:2018/06/03(日) 09:25:28.53 ID:hzfOvGOyX
>>25
次男続き待ってるぜ

30 :次男:2018/06/05(火) 19:48:28.69
>>29
お待たせしました。

31 :次男:2018/06/05(火) 19:54:02.41
25の続き

その発言を聞いた時、「なんと地に足の着いていない育てられ方をしていたんだ!」とゆー思いが湧き上がり、なんとなくその時の自分の足元とゆーか、下半身付近がフワフワとした感覚に襲われた。

結果的には、学費が滞ることもなく高校生当時の俺はそんなこと知る由もなく、無事に卒業を迎えるのだが、途中、少しでも母のパチンコ稼業に負けが込んで学費が払えなかったりしたら俺の高校生活は途中で挫折していただろう。
まあ、本題とされるので掘り下げないが、中学が楽しかった反面高校はつまらなかったので、そうなったらそれはそれでありだったのだが…

続く

32 :次男:2018/06/05(火) 19:59:51.91
31の続き

ここで母のパチンコ歴に焦点を当てたい。
こんな話を聞いて、多くの方が「パチンコだけで数年もそんなに稼げるわけがない!」とお思いだろう。

母が不倫を始め、パチンコも始め、と書いたが、正確にはたまに昔からパチンコはやっていた。
ただ、今の旦那との交際がスタートしてから本格的にパチンコに精を出すようになっていた、とゆーのが正確な表現だろう。

そして、母のパチンコ稼業の変わっているところは、同じ店の同じ台を7〜8年に渡りほぼ毎日打ち続けた所だ。

たまに旦那と旅行へ行く数日以外、雨の日も雪の日も、朝から晩までひたすら同じ台を打ち続ける。
これは後年母から聞いた話だが、最大で月300万ほど勝った、と言っていた。
平均でいうと50万くらいは月に稼いでいたらしい。

続く

33 :次男:2018/06/05(火) 20:07:27.23
32の続き

あまり詳しくはわからないが、おそらく現代のパチンコ業界では同じような事は出来ないであろう。
しかしまだ昭和の匂いの残る、1990年代のはなしで、チェーン店みたいなのも少なく、当時のパチンコ屋も地元密着型な感じのファミリー感溢れる経営だったらしい。

母は店の従業員達とも仲良く、終わったら夜飲み行くほどだった。

母曰く、「たぶん、あの当時店からしたら私はサクラみたいな扱いだったんだろうねー」らしいが、まさにその通りだったのであろう。
それでなければ、そんなに勝たせてはもらえないはずだ。

もちろん、時折他の客から「なんでいつもあの台だけ出てるんだ!」などとクレームがあり、1週間くらいまったく出ない時もあったらしい。

そんな時も、店の従業員がこっそり「…Iさん、あと数日頑張ってください…絶対、出だしますから…」と耳打ちしてくれて、実際その通りになったらしい。

本当にパチンコだけでそんなに数年稼ぎ続けられるのか?と思う方もたくさんいると思うが、現実として母は俺の高校学費と、親父への慰謝料を払い続け終えたのである。

続く

34 :次男:2018/06/06(水) 13:25:09.44
33の続き

なんちゅー不安定な収入源から俺の教育費は出ていたのだ…と、ビックリする反面、結果オーライではないが既に終わった話だし、むしろ話のネタとして使えまくったので今に至るまでオモシロ話の一つとして色々な場面で使わせてもらっている。

衝撃の事実発覚から数年すると、母の居住地がまた代わり、もう一つ北の県へ引っ越すこととなった。

その後も年に数度母が実家へ帰ってきたり、俺らが遊びに行ったりと疎遠になることもなく月日は流れて行った。

続く

35 :次男:2018/06/06(水) 13:33:37.26
34の続き

母が雪国地方へ引っ越してから10年近く経ち、俺も27.8歳くらいになっていた頃、祖母に異変が起き始めていた。

一言で言えばボケ始めてしまったのだ。

中学入学頃から両親が家からいなくなり、祖父母と兄と暮らしてきた。
一つ屋根の下で共に暮らしている期間で言えば、両親よりも長い。

これは今でも思うのだが、俺は両親と祖父母、どちらの存在が大きいか?と問われれば祖父母>両親と答えるであろう。

死に別れではなく、両親ともに健在なのだが、やはり一つ屋根の下に暮らし続ける祖父母に対する俺の家族愛は、普段顔を合わせることのなくなった両親よりも大きなものになっていた。

そんな祖母が徐々に変わり始めた。
夜中まで起きているかと思えば、自分1人のために作った夜ご飯を食べながら寝てしまったりしている。
その内、意味不明な発言をする事も増えてきて、さすがにおかしい、と感じ始めた母が病院へ連れて行くと「痴呆症(当時の診断名」のレベル2くらいであることが判明した。

時を同じくして祖父の体調も悪くなり始め、寝たきりに近い状態になり始めると母が面倒を見るために、とゆー名目のために実家へ無期限の帰宅を果たすこととなった。

続く

36 :次男:2018/06/06(水) 13:37:37.61
35の続き

この頃は俺も兄も働いていたので、あまり多くは祖父母の介護に時間を要してはいなく、所々記憶も曖昧だ。
祖父は喉頭癌が見つかり、完全に寝たきりに。
祖母のボケはひどくなり、家の外へ出ようものなら徘徊、家にいても支離滅裂な事ばかり話、<普通の人>ではなくなっていった。

この頃の話で印象に残っているのが、介護疲れになった母が酔っ払って熱くなったのか、包丁を握りしめ「今からあのババア殺してやる!」とキレた事である。

続く

37 :次男:2018/06/06(水) 13:44:32.81
36の続き

とある夜、俺と兄が2階でTVを見ていると、酔っ払った母が包丁を握りしめ俺らのところへ来て、
母「もう、あたしゃー限界だ!今からあのババア刺し殺して、私も死んでやる!」
と宣言して、一階へ戻っていった。

俺と兄はポカン…と顔を見合わせた後、慌てて下の階へ降りていった。

ちょうど母が玄関の外へボケた祖母を連れ出して、包丁を手に何かわめき散らしながら出ていった所だ。

俺は少し驚ききながらも、まあ、母が包丁で祖母を刺し殺すようなことはあり得まい、と冷静に判断しながら、とはいえ包丁持ってるので怪我したら嫌だな…などと思い、母を抑える役目は頭は悪いがパワー系の兄に任せることにした。

案の定、口ではあーだこーだ言いながら一向に包丁を使おうとしない母を兄が抑え、俺が祖母を保護して一件落着。

ただ、母も興奮状態にあったし、少し頭を冷やさせるために近くに住む親戚のウチに母をこの日は泊めてもらうことにした。

続く

38 :次男:2018/06/06(水) 13:52:05.61
38の続き

親戚の家に母を預け、そこにいた従兄弟と俺と兄、男4人で外へ飯を食いにいった。
祖母を一人にしておくのもどうかと思ったが、とりあえず家の外へ出られないよう、部屋に閉じ込め状態にして出かけた。

が、これが更なる参事を巻き起こす事となってしまった。

男だけの夕食を終え、俺と兄が帰宅すると、祖母を閉じ込めていた部屋のど真ん中に像のウ○コのようなご立派な排泄物がドドーーーン!と君臨していたw

催したボケた祖母が、部屋から出られなかったのでソコでしてしまったのである。

祖母に俺が問い詰めると、ボケてはいるとはいえ恥ずかしいのか「あたしゃーしらないよー…(゚ω゚)」と惚けている祖母。
とはいえ拭いてもいないお尻周りをなんとかしなければならないので、赤ちゃんのオムツを取り替える要領で俺が祖母を寝かし、ク○まみれになったお尻を拭いてやった。

すると、祖母が「俺ちゃん、ごめんねぇ〜…(;ω;)」と謝ってきた。
この時ばかりは、何故だかボケた祖母が以前のように普通な祖母に戻った感じがして、何故か涙ぐみながら俺は「…俺ら赤ん坊の頃から散々やってもらったじゃん?!全然大丈夫だよー(;ω;)」と祖母のシモの世話をしながら、泣くのを必死に堪えていた。

続く

39 :http://i.imgur.com/PzO390z.png:2018/06/07(木) 23:11:28.64 ID:NZQM80/RU
http://i.imgur.com/wM7nV44.png
マリオブラザーズ風にウズリム退治しにきたロクロル
(蒸し暑いのでパンツ一丁)
http://i.imgur.com/j9qSy0t.png
器用なウズリム相手にゲームオーバーなロクロル
「パンツ盗られた〜(泣)(恥)(悔)」

40 :名無しさん:2018/06/11(月) 19:14:16.80 ID:hU49fjaqG
続きww
早よ!!

41 :名無しさん:2018/06/11(月) 20:28:25.08 ID:qhMj24Gl5
わいも陰ながら期待しとるで

42 :次男:2018/06/13(水) 19:58:38.99
>>40
>>41
うわぁ〜!ありがとうございます!
ちょっと、しばらく書き込めてないなぁ〜…と思って開いてみたらお待ちして頂いてるとわ…(;ω;)
続き、頑張ります!

が、一つ質問なんですが、携帯(スマホ)で投稿してるのですが、長く書くと「行が長すぎます!(?)」みたいなのが出てしまい長文が投稿出来ません…
携帯からだと文字制限とかあるのでしょうか?

43 :次男:2018/06/13(水) 20:24:18.16
38の続き

そんなこんなの数年間を過ごしながら、やがて俺の愛すべき祖父母とのお別れの時がやってくる。

祖母はボケが酷くなり、晩年は近所の施設に入る事に。
おそらく末期の痴呆症患者が収容されるような施設だった。

ボケてしまって数年間、たまに寝る時に「…もう、ガキの頃から知っている普通のばあさんとは会えないのか…」みたいな思いに駆られ、ねれなくなった時もある。
家に祖母が居なくなった事も違和感があった。

そして一度、施設へ祖母へ会いに行く事になった。
何度も行っていた母と訪れると、施設のロビーのような、テーブルがいくつもある所に入所者(かなり歳行ったばあさんばかり)が何人も座っている場所で、母が言った。

母「あ、あそこだ、ほら、ばあちゃんあそこにいるよ」

確かに髪は真っ白になり、顔もシワクチャになったばあさん達がそこかしこに点在しているのだが、ぱっと見俺にはどれが俺の祖母であるのか見分けが付かず、「え?!どこにおるんじゃ、ばあちゃん!!(゚ω゚)」と、テンパってしまったのを覚えている。

続く

44 :次男:2018/06/13(水) 20:34:50.92
43の続き

何度も訪れている母には見分けが付いたらしいが、確か施設へ行ってしまってから祖母と2〜3週間会っていなかった俺には全く見分けが付かなかった。

母「ほら、あのテーブルの…」

と言って特定のテーブルの目の前まで来ても俺はそれがあの祖母だと確信するまで時間がかかった。

目の前で見ても少しの間、これがあの祖母だ!と確信が持てずに眺めていると、

母が「ほら、ばあちゃん、俺と来たよ!」と俺の中では祖母ではない、見た目のおばあさんに一生懸命説明して、あまりわかっていないながらも俺の方を見たその老人こそ、よくよく見ると確かに祖母であった……

なんて言えばいいのか難しいが、ボケながらも家に居た時の祖母と、施設に入ってしまった祖母はまるで別人のような風貌になってしまっていた。

髪の白さもことさら白くなっているようで、ボサボサ感もすごい。
顔の表情も感情が無くなり、なにより、その場にいた十数人のおばあさん方は(爺さんもいたと思うが)、全員同じ顔に見えた…。

おれは何故かまた込み上げてくる涙を堪えつつ、家に居た時以上に無表情になってしまった祖母に軽く話しながら泣くのを堪えていた。

続く

45 :次男:2018/06/13(水) 20:39:53.83
44の続き

これは後に母が言っていたが、俺と同じように初めて施設に訪れた姉はひたすら号泣していたらしい。
本稿とは関係ないので掘り下げないが、一般的に見てちょっとイカれてる姉に対しては俺は少し引いているのだが、この、施設内の光景を見て涙が止まらなかったという一点においては共感できると思った。

そして、俺が28の時に祖母は衰弱により87で他界、翌年、喉頭癌だった祖父は89で他界した。

続く

46 :次男:2018/06/13(水) 20:58:51.99
45の続き

ほぼ一年差で仲良く(?)旅立った祖父母。

介護する必要のなくなった母は再び北の大地へ戻っていった。

別に死にゆく祖父母(母にしてみれば両親)をダシにしていた訳ではないが、不倫成立当初から雪国での生活に拒否反応を示していて、いずれは地元へのカムバックを夢見ていた母にとっては、これでかなり実家(地元)への帰宅を正当化する理由がなくなってしまった。

しかし、思わぬ形で母の野望である、<実家(地元)への帰還>が実現する事になる。

なんと、旦那の出資にて我が家の最寄駅そばで、スナックを始める!と言い出したのだ。

これより、最終章へと向かいます。

続く

47 :名無しさん:2018/06/15(金) 15:19:08.36 ID:FmWKfzy7D
まっとるで〜

48 :名無しさん:2018/06/18(月) 12:57:34.72 ID:bM4fIZWYT
早よ!!早よw!!

49 :名無しさん:2018/06/20(水) 15:17:10.82 ID:kVjr26/5A
色んな家庭があるもんだよなぁ

50 :名無しさん:2018/06/20(水) 16:57:21.63 ID:EeALxmT93
待ってるぞ!

51 :次男:2018/06/23(土) 07:57:33.80
>>47
>>48
>>49
>>50
ありがとうございます。
極力近日中に更新します。
本当に、世の中色んなご家庭があるかと思われますが、私自身は30くらいになるまでさほど我が家の出来事が特別だとも思っていませんでしたw

職場の上司に「ほんとーに、君んちは特殊だな」みたいな事を言われ続け、やっと「あー、ウチはちょっと変わってるんだな」と認識した感じです。

せいぜい、
両親健在の家=過半数以上を占める普通の家
両親離婚の家=数分の1、たまにある少し道外れた家←ウチコレ

くらいにしか考えていませんでしたw

52 :次男:2018/06/23(土) 08:42:35.62
ちなみに、これから始まる最終章は近年の出来事が多いので記憶がハッキリしているのと、色々と書きたいこともあるのでなるべく詳しく書いてきます。

あと、外せない要素として、いくつかオカルト的な所も出てきます。
私自身は霊感もないし、激烈にオカルト信者ではないのですが、「そーゆーのもあってもおかしくないかもね」くらいに、否定もしていません。

まあ、不思議な事ってあるよね、くらいな感覚でちょっとオカルト混じりな最終章、もう少々お待ちください。

53 :名無しさん:2018/06/23(土) 18:29:52.21 ID:OZEpCn537
C

54 :次男:2018/06/23(土) 22:31:10.81
46の続き

始め、母が「スナックをやる」と言った時は反対した。

なぜかと言えば、母は飲食(サービス業)の経験が皆無だったから。

確かに、昔から外で飲み歩くのは好きで、スナックみたいな飲み屋へ行くことも多く、飲み屋の客としてならかなりの大ベテランと言って差し支えないであろう。

しかし、客として飲むのと、自分が提供する側に回るのとではだいぶ違う。

ましてや飲食店での経験がなく、ほぼ還暦を迎えての初トライなのだ。
俺は学生の頃から飲食店バイトも多く、大人になってからもサービス業を生業としてきた。

だから、余計に飲食店(サービス業)の大変さもわかっていたし、未経験の初老婆がいきなりスナックなど開いてうまく行くわけがない!と思った。

しかし、結果的に言うと、元々が母の性に合っていたのか、なんだかんだ無謀にも見えた還暦母のスナック人生はそこそこ上手くいったのである。

とはいえ、始めの1年は俺がほぼ毎日手伝ってやった。

とゆーのも、たまたま俺はこの頃、当時勤めていた会社が倒産の悲劇に見舞われ、身体が空いていたのだw
どうやら、飲食素人の母(と旦那)の計算では、飲食経験が豊富な俺の手助けもあればなんとかなるだろー!と言う所も大きかったらしい。

俺は当時、他県で働いていたが職を失ってしまい、地元へ戻り友人の仕事を手伝ったりしていた。
しかし、また倒産した時にいた土地へ戻りたかったので、母が急にスナックをやる!と言った時にその辺の所も議論した。

びっくりしたのもあるし、心配なのもあり「(未経験から)いきなりやるの厳しくね?それに俺もまた前職場のあった土地へ戻る予定だし…」というと、母も少し驚いたようで「え!そうなの?!じゃあ、あんた手伝えないじゃん!」と困惑した様子だった。

完全に飲食経験のある俺をアテにしていたのだろう…

続く

55 :次男:2018/06/23(土) 22:48:08.61
>>53
ありがとうございます!

54の続き

後に一つの問題となるので、ここで母がスナックをやる事になる経緯を少し掘り下げたい。

簡単に言えば、元々客で行っていたスナックのママが店を閉める事になり、そこを居抜きで引き継ぐ事になったのだ。

以前からの常連でここのお店のママとも仲良くなっていて、ちょうどこの頃店も暇で閉めてしまおうかと考え始めていたママが、

「店、やめようかと思うんだけど、だれかやってくれる人でもいないかねー?」と言っていたのを、母と旦那がその気になり「じゃあ、私らがやる!」となったらしい。

母も旦那も昔から飲み歩き、その内に自分らもいつかは小さい店でもやってみたいなー、という色気があったらしい。
そこへ具体的にスナックをやれるタイミングが訪れたわけだ。

その後はトントン拍子に話が進み、結局その店を引き継いでやる事となった。

しかし、店を引き継ぐ時、一つの問題が起こなったのである。

続く

56 :次男:2018/06/23(土) 23:00:56.23
55の続き

母のスナック開店へ向けて話はドンドン進んでいき、やがて前の店の最終日がやってきた。

当然母も客として参加しており、暇だからやめる事となったこの前店にも過去の常連など、最後だから…と久しぶりの盛況で賑わったらしい。

そして閉店へ向けて刻々と時間が過ぎて行く中、この前店のママにある変化が起き始めた。

久しぶりの盛況に店を辞めるのが惜しくなってきたのか、急にこのママが「なんか、こんな奴に店を譲るのが惜しくなってきた!」と、スナックを引き継ぐ予定の母を攻撃してきた(らしい)のである!

続く

57 :名無しさん:2018/06/28(木) 11:09:34.11 ID:9FPC9mhKS
待ってるよ!

58 :次男:2018/06/28(木) 19:43:23.49
>>57
ありがとうございます!

56の続き
以下は、母から聞いた事の顛末。

前述したように、前店の最終日、それまでは離れていた客達も「最後だから…」と一様に顔を出していた。

そもそも、この前店のママとやらが上手く店を経営出来なかったから、客足は遠のき閉店するハメになった(はず)。

にも関わらず、あくまで「最後だから…」足を運んで来てくれた歴代の常連達の賑わいを感じつつ、この前店のママ(今後は妖怪婆と言わせてもらいますw)は勘違いと言うのか、感情的になったと言うのか、本性を晒して来たのである。

この最終日の前半戦は、普段と変わりはなかったらしい。
母もよく知ってる、妖怪婆の接客で営業は進んでいった。

そして、営業後半に差し掛かるに連れ、妖怪婆の言動がおかしくなり始めて来た。

これも前述したように、何かにつけてこの日イチ客として前店の最終日に参加していた母を蔑むような発言を繰り返し始めた。

妖怪婆「あー、こんな、お客さん来てくれるんなら、何もこんな奴(母)に店譲らなくてよかったわ!」
妖怪婆「なんで、こんな奴(母)にお店譲っちゃったんだろうか?(??????`)」

などなど、ひたすらに母をディスり始めたのだ。

続く

59 :次男:2018/06/28(木) 19:52:07.78
58の続き

最初は母も頭の中「?」マークが浮かんでいたが、しばらく終わらないいきなりのディスりに怒りがこみ上げて来た。

しかし、これから自分もここで店をやる事を考えると、いささか妙な展開にブチギレる訳にもいかず、「えー、ママー、そんな言い方酷くない?急にどうしたのー?」みたいに愛想笑いで誤魔化していたらしい。

それでも終わらないディスりに、さすがに他の客達が口々に母を擁護し始める。

客1「いやいやママ(妖怪婆)、最後の日にそんなこと言うもんじゃないよ」

客2「そうだよ、そもそも次にやる予定に決まってるIちゃん(母)が何したって言うの?!」

と、妖怪婆をたしなめても、妖怪婆のディスりはむしろ熱を帯びていったのであった。

妖怪婆「あんたら、そー言うけどね、この女(母)はひどい奴で、約束は守らない、時間も守らない、旦那いるのに他の男とデキていて……etc」

と、有る事無い事、ディスりのオンパレードだったらしい。
ちなみにほぼこのディスりは虚言なのだが、母曰く、いつだか2.3回、連絡する!と言ってた時に忘れて連絡が遅れてしまったりしたことは、たしかにあったらしい。

が、ここまでディスられるような話でもないはずだ。

あまりにも豹変した妖怪婆に辟易し、徐々に帰り始める常連達。
閉店時間も近づいて来た。
やがて店には、母と妖怪婆、共に訪れていた母の妹(俺からしたら伯母)の3人だけになった。

続く


続く

60 :次男:2018/06/28(木) 20:06:07.69
59の続き

母は、ただひたすら堪えていたらしい。そして待っていた。他の客達がいなくなるのを。

自分ら(伯母含む)しかいなくなった瞬間、母もブチギレた。

母「おい!お前(妖怪婆)!なんなんだよ、急にみんなの前で人の事を悪く言いやがって!私が一体何したって言うわけ!?」

ひたすらディスられ、他の客達の手前、タメにタメまくったストレスをぶちまける様に妖怪婆へ詰め寄った。

しかし、妖怪婆はそれまでのディスり加減と変わらず、そのままの勢いで言い返して来た。

妖怪婆「何もかにも、全部本当だろ?!お前みたいな奴に店譲る事になって、あたしゃー後悔してんだよ!」

と、ここからはBBA2人の口喧嘩状態。
途中、妖怪婆の言う「時間守らない」的な所だけは母が非を認め、わざと大袈裟に土下座してやりながら「あー、確かに一度か二度と、連絡遅れたことはありましたわ!それは今ここで土下座してやって謝るわ!どーもすみませんでした!これでいいだろ!」

みたいなやりとりをしたらしい。

最終的には埒あかず、最後は喧嘩別れの様に店を後にしたらしい。
店の明渡しに関する手続きは全て完了していたので、この後母がここで店をやる事にはなんの問題もなかった。

ついでに言うと、本来ならこの最終日に譲渡金などとは別で、旦那と相談の上、母はお疲れ様でした的な、謝礼的な意味合いで20万を妖怪婆に渡すつもりだったらしいが、もちろん渡すのはやめたらしい。

続く

61 :名無しさん:2018/07/02(月) 09:47:34.95 ID:RxTxPpfdn
面白いな

C

62 :次男:2018/07/03(火) 05:11:51.87
>>61
ありがとうございます。

W杯日本代表も負けてしまったのでw、このままの勢いで少し更新します!

63 :次男:2018/07/03(火) 05:17:34.27
60の続き

以上の様な、なんとも歯切れの悪い始まりとなってしまったが、開店準備も滞りなく進み、無事に開店へと向かう、母のスナック人生。

ほぼ居抜きでの開店だったので、あまり大まかな改装はなかったが、イスだけは変えたい!との母の希望で、俺も明日探しに付き合ったが高速を使い1時間くらいの距離の遠距離にあるIKE◯まで見に行ったがしっくり来るものがなかった。

が、最終的には地元にあった車で15分ほどの近場にあったH◯MESにあったイスが選ばれたのも、今では良き思い出であるw

続く

64 :次男:2018/07/03(火) 05:22:29.00
63の続き

そして迎えた開店日。

当日は俺と、この時点でバツイチ子持ちで水商売にどっぷり浸かっていた姉が手伝う様な様相で予定されていた。

しかし、元々あまり乗り気ではなかった俺は、あんま意気込んで行くような気持ちもなかったので、用事がある的な適当なこと言って少し遅れて開店に参戦することにした。

そして少し遅れて店へ行くと、初のサービス業にテンパりまくってる母と、妙な水商売力を撒き散らしてしまっているカオスな新スナックの営業が繰り広げられていたw

続く

65 :次男:2018/07/03(火) 05:26:01.88
64の続き

後に、たまたまこの開店日に訪れていたあまり親しくはない、心無い客(おそらく様子見程度に来店したのだろう)に、「あそこの店はなんか、娘が仕切っていて素人ママはなんもできない、ダメそうな店だよ!」みたいな噂を垂れ流されていたらしいw

まあ、確かに俺から見てもあの開店のカオス状態はそう言われても仕方ないかとも思ったw

開店日の客も、あまり淋しいのもアレだからと、姉の友人がらみが多かったのも上記の噂の元に一役買っていただろう。

続く

66 :次男:2018/07/03(火) 09:42:09.06
65の続き

姉が手伝ったのは約7年程のスナック営業の中でこの日1日だけだった。

自分の働く、熟女パブで同伴に母のスナックへきたり、同僚何人かにも同伴で利用してもらったり、姉の友人が客になってくれたりと、売り上げには貢献されていたが。

こんな所でいってもしょうがないが、俺的には売り上げ貢献だけではなく、もうちょい身内側としての手伝いとか、母が楽になる様な協力もして欲しかったと、当時は思っていた。

さらに酷いのが兄で、一切店に近づく事もなく、夜飯のおかずをとりこい!と、仕事帰りに店によることもあったが、その場にいる客に一瞥をくれることもなく、そそくさと帰っていたらしい。
これは後に母が「愛想ないのにも程がある!」とお客さんに対する不躾を怒りながら話していた。

まあ、兄は確かに口下手だし愛想もないし、おおよそ接客業に向いているとは口が裂けても言えない人種の男だから仕方ないっちゃ仕方なかったが、母の店に来てくれているお客さんに会釈くらいは人としてするものである。

と、俺は思っていた。

続く

67 :次男:2018/07/03(火) 09:47:30.51
66の続き

そんな状況では、素人から始めおぼつかないスナック営業は俺の手助けが必要になってくる。

前述したように、ちょうどこの時期職についてなかった俺はまんまと収入のない夜の水商売が本業のような生活になっていった。

たまにバイトはしていたが、ほぼ一年、夕方から深夜12〜2時までの場末スナック稼業が俺の生活の一部になってしまう。

まあ、俺もサービス業に慣れていたし、この時30を過ぎた頃の歳でなんとなく母世代のいろんな人種などを見つつ「んー、年取っても人それぞれ色んな生き様があるもんなんだなー」程度に人生勉強にはなったと思っている。

以下、そのスナック手伝いの時期に垣間見た人間模様をいくつか抜粋してみたい。

続く

68 :次男:2018/07/03(火) 09:57:34.44
67の続き

・60、70を過ぎたジジイどもが、60過ぎた初老の母(店のママ)を必死に口説こうとする輩もいる。息子の俺がそこにいるにも関わらずw

・近所で同じくスナックになど店をやってるママ達も稀に来店してくれるが、やはり店の客として色々な意味で行儀が良い。

・年配の男性客で、「唄(カラオケ)は俺、いいやー」と最初は乗り気じゃない客も、一回唄うとスイッチが入り、連チャンで歌い続ける人も多いw

・同伴チックだったり、カップル(?)の様で来る年配の男女も多く、50.60.70代くらいになっても、結婚してたり、相方に先立たれていたりしてもそれなりの恋愛事情が個々にあるっぽい事。

続く

69 :次男:2018/07/03(火) 10:05:21.97
68の続き

・大半が反面教師にしたい様な振る舞いの人も多いが、たまに飲んでる時の振る舞いが格好良いおっさんもいる。飲み方がスマート、とでも言おうか。

・姉とその仲間たちの同伴を見てると、金の使わせ方が半端ないw
まあ、熟女パブだし、客もホステスもアラフォー以上の若者ではない事もあるだろうが…

・近所のスナック数軒があるが、仲よさそうで派閥の様なのもあり、個別に来てはそれぞれの悪口みたいなのを言い合っている。ちなみに母ひあまり敵は作らないタイプなので、それなりに全員とうまくやっていた様だ。

・母を口説く目的の理由から、何故か近くにいる俺の存在が疎ましく、俺は何もしてないのに攻撃してくるジジイがいる。
また、口説く目的ではなくても何故か俺の若さを僻み、飲みながら俺に攻撃しがちなジジイどもが多い。

などなど、個別に掘り下げたらキリがないので約一年の俺のスナック評はこんな感じで。

続く

70 :次男:2018/07/03(火) 10:13:18.84
69の続き

そんなこんなでスナックを続けて数ヶ月もすると、だいぶ母も慣れて来た。

元々自分で料理した物を人に食事を提供する事と、カラオケ好き飲み屋好きだったのが天職だったのか、俺が思っていたよりスナックのママが板についていた。

まあ、開店からしばらく、例の前店の妖怪婆がご近所さんに母に対するヘイトスピーチを繰り広げていたみたいで、その前の店からの知り合いだったり、詳細を知らず妖怪婆のヘイトを真に受けてしまった人もいたらしく。

母がちょいちょい「あいつが色々と言い回っているらしい!」と怒っていたが、俺と旦那とで「そんなのはほっとけばそのうち世間様が真実に気づき、妖怪婆は干されるよ」となだめていた。

そして約一年で俺は友人の仕事を手伝うことになり、母のスナック手伝いもひと段落した頃、「この日だけは、旦那の友人がきて、開店前に一緒に行くとかあるから、店開けだけしてくれないか?」と頼まれたことがあった。

しぶしぶそれを引き受けた話をしよう。

続く

71 :名無しさん:2018/07/03(火) 13:26:19.17 ID:yPLt0GPvV
C C C

72 :名無しさん:2018/07/03(火) 19:04:06.26 ID:yPLt0GPvV
おもろい!

73 :名無しさん:2018/07/03(火) 20:26:45.56 ID:WxJCNyZf0
久しぶりに見に来たけどおもろそうだね

74 :次男:2018/07/04(水) 01:29:23.36
>>71
>>72
ありがとうございます。

>>73
どうもです。
明け方と、その後電車に乗りながら書いてたので誤字や文章おかしめな書き方で見づらいとこもありますが、もう少し慎重に、皆さんにより伝わりやすく書ける様に頑張ります(笑)

75 :次男:2018/07/04(水) 01:41:05.99
70の続き

この旦那の友人とは、旦那の職場の元同僚との事。
今は仕事を変え、整体師を自営でやってるらしい。

旦那とは若かりし頃、同僚時代からウマが合い、互いに気のおけない仲として今に至るまでの親友。仮にナカノさんとしよう。

どれほど信頼しあってる仲か説明すると、旦那は格闘技が好きで、若い頃空手の会を創設した。
ナカノさんも一緒に会に参加していた。

しかし、旦那の母親が病に倒れてしまい、そちらへ旦那が時間を割くために会の運営が厳しくなった。その時に、旦那はナカノさんへ会を託した。自分が創設し、人生の一部として捧げて来た空手の会を断腸の思いで託したのがこのナカノさん。

ナカノさんはその後、転職して地元である中部地方へ帰省、そこで自営業をやりながら親友である旦那から引き継いだ会を守り続けていた。

そんなナカノさんは少し変わり者で、この当時50を目前にしても旦那の空手仲間達の中でも唯一独身であった。そんなナカノさんがどうやら自営業を手伝っている女性といい仲になり、この度開店した母&旦那のスナックにその女性を訪ねて来る。

母と旦那は、やっとアイツも所帯を持つ報告を自分らにして来る様だ!と、親友の朗報に色めき立っていたわけだ。

続く

76 :次男:2018/07/04(水) 01:43:21.21
訂正

最後の方のくだり、

「その女性と、訪ねて来る」の間違いでした。

77 :次男:2018/07/04(水) 01:53:09.09
75の続き

その為、訪ね来る友人と早い時間から地元で合流し、色々な場所を案内しつつスナックへ連れて来る、ついてはスナックに来れる時間も遅れそうだし、俺に店開けをお願いしたい、という算段だった。

親友との大事な用事に俺も首を縦に振るしかなく、開店準備を終え、やがて登場する4人。

俺は初めてお会いしたナカノさん達に挨拶をして、スナックでの酒宴が始まった。

終始和やかに旧交を温め、会は進むが段々とおかしな事に気付き始める旦那と母。

ナカノさんのオメデタ話を勝手に想像してた旦那と母の思惑とは違い、どうやらこの時もわざわざ連れて来ている女性との婚約話が中々出てこない。

そう、これは旦那と母の勝手な想像で、実際の所ナカノさんは特にその女性との結婚話をしに訪ねて来たわけではなかったのだw

見るにみかねた母が、切り出した。

母「えーっと、ナカノさん。今日はこちらのチエちゃん(仮名)との結婚を私らに報告に来たんじゃないの?」

すると、ナカノさんは少し気まずそうな雰囲気を醸し出して、

ナカノ「え?…いや…別段、そう言うつもりはなくて、こいつはあくまでよくやってくれている従業員の一人として…」

と、しどろもどろになりながら結婚を否定したのだw

続く

78 :次男:2018/07/04(水) 02:02:31.84
77の続き

この予想外の展開に、母&旦那、そしてチエさんが怒涛のナカノ叩きを始めるw

旦那&母「なにぃーー!自分らはやっとあんたが身を固める報告をしに来る!と、最高のおもてなしをしてあげるつもりで待ちわびてたのに!」

チエさん「もうー、本当にこの人に言ってやってください!私はその気なんですけど、この人は全然そーゆーの苦手とゆーか、奥手とゆーか、なんにも話を進めてくれないんです!(泣)」

そんな攻撃を受けながらも、ナカノさんは、
ナカノ「いや、大事な人だとは思ってるけど…結婚とかそこまでは…」

としどろもどろに言い訳の様な事を続けて、最終的には母&旦那から、

母&旦那「…もう、今ここで最終決定みたいな事でなくていいから、なにしろあんたはこのチエちゃんを大事な人として認めなさい!」

と、半ば強制的に誓いを迫られ、なんとなくあやふやな形でナカノさんもそれを承諾するという、微妙な空気の中、縁談チックなのが成立、<した様な感じ>になったw

と、このナカノさんの来訪の主題はなにやら煮え切らない形で終わったのだが、その他の話がそこそこ俺の印象に残っているので、このナカノさんの縁談話はこの程度にしてその他のナカノさん話に移りたい。

続く

79 :次男:2018/07/04(水) 02:14:22.53
78の続き

お気付きの方もいると思うが、旦那の職業は[陸]と[海]に専門分野が分かれている公務員である。
当然ナカノさんも旦那と[陸]側の人間として、若き頃を過ごしていた。

これは割と旦那たち以外でも聞く話だが、この組織、俺が知る限りの狭いサンプルだが[陸]と[海]の仲があまりよろしくない。
大概の方達が、お互いの事をよく思っていない話を、俺はよく聞く。

もしご覧になっている方に、この職業に属する人やお身内の方がいて、「そんな事、ないぞ!」とゆー意見がある方は、ごめんなさい。

あくまで、俺個人の知る範囲内で、の印象です。

この日も旦那達がその手の話をしていた。

前々から、俺も旦那から、

旦那「俺はどうしても[海側の奴ら]を好きになれない!」

とゆーのは聞いていた。詳しく聞くとなにやら、若い頃に基地そばの飲み屋で飲んでいたら、いきなり入ってきたレンジャー?みたいな[海側]の特殊な部隊みたいなムキムキ連中に、「あんたら[陸側]だよね?腕相撲勝負しよ!」と、いきなり絡まれたらしい。

向こうも相当酔っていたのだろうが、なんの意味もなく、自分らの腕っ節自慢に絡まれ、それ以降、旦那はこの[海側]の人間が大っ嫌いになった!と、俺は聞いていた。

そして、この日にいたナカノさんがどうやらこの時一緒にいたらしく、この腕相撲事件の昔話に花が咲いたのである。

続く

80 :次男:2018/07/04(水) 02:25:39.20
78の続き

この時も2人で散々「あの時は、最悪だったよなー!こっちは楽しく飲んでただけなのにいきなり横柄に腕っ節自慢に巻き込まれて…」と悪態をついていた。

しかし、俺はカウンターの内側で話を聞いていると、なにやら違和感を覚え始めた。

とゆーのも、旦那達が過去に付けられた因縁から、数十年経った今だに恨み辛みを抱いているとゆー事は、この事件の時に余程の恥をかかされた、即ち腕相撲で惨敗した、からこそ、恨みを抱き続けている、と思っていたのだ。

だがどうもその辺の真相が違うような会話をしていて、俺は彼らの自尊心を傷つけるかもしれない質問を恐る恐る投げかけてみた。

俺「…お2人が余程その件で[海側]の人に恨みを持ったのはわかったけど…所でその腕相撲勝負は、なんていうかその…やられちゃったからこれだけ[海側]に対して悪印象が残り続けてる訳だよね?」

すると旦那がポカンとした表情で答えた。

旦那「?いや、勝ったけど?!」

ナカノ「俺と旦那ちゃんが2人でやって、2連勝した」

俺「ファァァーーー??(>人<;)」



続く

81 :次男:2018/07/04(水) 02:32:46.32
80の続き

そう、昔から聞いていたこの腕相撲事件だが、考えてみたら負けたなどとは一度も言っていなかったw

この日、当事者2人の話を聞いていて確認したら、2連勝した!という真相を聞かされたのである。

なにやら大袈裟に特殊部隊のムキムキ野郎共に絡まれ、腕相撲を無理やりやらされ、その件から恨みを抱き続け…、とだけ聞かされて敗北の屈辱を味合わされた、と勝手に俺は思っていたのが、まさかの完勝だった。

確かに旦那もナカノさんも空手の会を切り盛りし、貧弱な俺から見ればムキムキマンだったのを思い返せば、簡単にひねられるような人種ではなかった。

なにわともあれ、俺の感想が二つ。

俺「勝ったんなら別にいーーじゃん!&やっぱこいつらの強さはヤバイんだな…」

であったw

続く

82 :次男:2018/07/04(水) 02:48:12.39
81の続き

もう一つ、ナカノさんの武勇伝を取り上げよう。

前述したように、旦那から会を引き継ぎ地元へ帰省したナカノさん。

すると、地元で噂を聞きつけた輩が当然のように「帰省したからといって、ポッと出の輩に空手の世界ででかいツラさせんぞ!」とばかりに刺客を送ってきた話。
はじめ、その刺客はど素人を装って会に参加してきたらしい。
刺客「こちらが新しく空手の会を引っさげ戻られたかいですか。私、初心者ですが受け入れてくれるでしょうか?」
と、20代半ばほどの優男が体験入会の形で訪ねてきたらしい。

最初のうちは、素人然とした若者がにこやかに会に参加していた。
しかし、これは後に発覚する事だがどうやらこの刺客、この地元県内で近年空手チャンピオンになった実力者だった。

続く

83 :次男:2018/07/04(水) 02:49:07.04
82の続き

そうとは知らず、旦那から引き継いだ大事な会の新天地での出発に、幸先よく地元の若者が参加してきてくれた!と、半ばウキウキになりながら会に迎え入れていた。
それから数日後、急にこの素人ぶって会に参加していた刺客が、

刺客「ナカノさん、勉強の為に一度も試合形式で手合わせをお願いできませんか?」
と申し込んできた。

ナカノさんも、少し「?なんか怪しげな…」と思ったらしいが、その願いを受諾し、
ナカノさん「じゃあ、軽めに手合わせしようか」
と簡単な組手をやるつもりで相手になることに。
すると、

審判役「始め!」

の合図とともに、この刺客が牙を剥き、北斗の拳のような漫画よろしく、
刺客「コホォーーーー!!」
と只ならぬ気を呼吸に込め始め試合開始となった。

続く

84 :名無しさん:2018/07/04(水) 09:10:16.86 ID:L3PFTQtEI
気になるじゃねぇーか!

85 :次男:2018/07/04(水) 12:16:13.30
83の続き

ナカノさん曰く、
ナカノ「本当に奴は北斗の拳の様な気合いを呼吸に込めて…」
本来の刺客としての任務を始めたらしい。

要は、道場破りという奴だった。

元々の地元とはいえ、新米空手会に一泡吹かせてやろう、と、若手の実力者が送られてきていたのだ。
すると、試合も練習どころかかなりの本気モードでガシガシ攻撃してくる刺客。

この時点で、全てを察したナカノさんも瞬時に本気モードに入り、刺客へ猛攻撃を加える。

特に、腕の一本、足の一本でもいいから潰してやる!と刺客の足へローキックの嵐を仕掛けてやり、無事にこの刺客の足を粉砕してやったらしい。

試合が終わり、予想外の惨敗を喫した刺客は泣く泣く去っていったが、その後1カ月は松葉杖が取れなかったのを目撃した人もいるらしく、「あそこの会はなかなかやりよる…」と評価されて、ナカノさんは会を守り地元への凱旋に成功したらしい。

余談だがこの話とオチとして、この時の刺客は何故か足が治ったら市議会議員だかになっていたそうなw

まあ、刺客の時といい、担ぎ出されやすい人だったのでしょうw

続く

86 :次男:2018/07/04(水) 12:16:35.63
>>84
とりあえず続き書きました。

87 :次男:2018/07/04(水) 12:21:45.97
85の続き

それともう一つナカノさんに纏わる話を。

この方は女性のくだりからも分かる通り、少々変わり者であったのだが、なにやら自称霊感もあるような事らしく、この日スナックで飲んでる最中も時折それっぽい話を披露していた。

例えば、空手の会を旦那から引き継いだ後に、急に頭の中に<伯楽>という字が降ってきた。
なんだこれは?と自問自答し、導き出した答えは、会を引き継ぎ今後も存続させていく上で自分は[名伯楽]として次世代のリーダーとなるべき若者を育てよ!との、なんかしらの啓示では?と思った。
実際若手育成に着手しこの時には3代目候補となる子を発掘、育成に成功していたらしい。(ちなみに旦那が初代、ナカノさんが2代目にあたる)

なにしろ、こんな感じの自称霊感男でもあった。

続く

88 :次男:2018/07/04(水) 12:26:44.02
86の続き

この日の翌日には、俺も参加して母夫妻とナカノさんカップル(?)と昼飯をご一緒し、簡単に俺らの地元を案内したのだが、とある海辺の場所でナカノさんは気持ちよさそうに海風を浴びながら、

ナカノさん「んー、この街は気の流れが良い街だねー!」

と、風水チックな感想を述べたり、なにしろ少しオカルトめいた事に傾倒している人だった。

昔から知る旦那は、逆にこの手の話を全然信じない人なので、
旦那「彼はいい奴なんだがあの自称霊感アリの部分だけはどうも好きになれない」と言っていた。

しかし、そんな反オカルト派の旦那の背筋をゾッとさせるようなことを、ナカノさんが後に語ったらしい。

続く

89 :次男:2018/07/04(水) 12:34:07.81
88の続き

これはナカノさんがウチのスナックに訪ねてきた後日談だが、母から聞いた話。

ナカノさんが帰り、数日後、旦那に直接電話があり、

ナカノさん「こないだはありがとう。あの時は楽しかったので言わなかったのだけど、実は母ちゃんの事を物凄い形相で睨んでいる、妖怪みたいな見にくい婆さんが見えた」

と言ってきたらしい。

この手の話を信じない旦那も流石にドキッ!として、ナカノさんが<見えた>という婆の特徴を聞いたら前店のママであり最後にトラブった妖怪婆そのものだった!

この時にどのような受け答えをしたのかはわからないが、旦那が母に言ってきた所、

旦那「俺、あいつのそーゆーの全然信じてなかったんだけど、今回だけはゾッとしたわ…」

と言ってきたそうだ。

続く

90 :次男:2018/07/04(水) 12:37:00.16
見にくい→醜いの誤字でした。

91 :次男:2018/07/04(水) 12:51:13.25
89の続き

果たしてこれが妖怪婆の生霊だったのか否かは定かではないが、ナカノさんを語るのに外せないエピソードでもある。

やがて俺も新たな就職先を見つけ、母も2年目、3年目と順調にスナック経営を続けて念願のスナックのママとして自立して行った。

俺が手伝っていた初年度、リップサービスのような感じもあったのだろうが、酔いながら仲良しの常連さん達に母は旦那の地元である寒い地方へはもう戻らない!
私はここでずっとスナックをやり、地元に骨を埋める!みたいなまたしても自分勝手な宣言をよくしていた。

逆単身赴任の様に、旦那を残し自分の地元でスナックをやりながら、「旦那元気で留守がいい!」を地で行く母。

俺はその手の話を聞くたびになんか、旦那に申し訳ない気がしていたが半分はリップサービスの様なもので(半分は結構本音でもあったが)実際旦那とはほぼ毎日電話したり関係は良好だったのであまり心配はしていなかった。

旦那もちょっとした連休の度にはるばるやって来て、客のはけた<自分の店>で母としっぽり飲みながら感慨に浸っていたり、盆正月の時期には母も旦那の元へと帰省して仲良くはやっていた。

旦那が俺らの所へ来た時には、普段いないので出来ない周りのお店への挨拶回りを兼ねて、近所の仲良いスナックへ俺を同行させ飲みにもよく行っていた。

この頃になると、妖怪婆のヘイトスピーチもだいぶ落ち着き真相を知った前の店からの知り合い客の人が母のスナックに来てくれたらもし始めていたが、まだ少数、ヘイトを真に受けて疎遠になっている人たちもいた。

だいぶ妖怪婆もこの地域の人たちに疎まれ出していたが、まだ数件の近所の店にたまに現れては母の悪口を肴に飲み歩いていたらしい。

そして、俺と旦那が挨拶周りを兼ねて隣のスナックへ飲みに行った時、ついにこの妖怪婆と出くわしてしまったのである。

続く

92 :次男:2018/07/04(水) 16:05:18.35
91の続き

面識は一応あったが、俺は数年見ていない、妖怪婆に始め気づかなかった。

旦那と隣のスナックへお邪魔して、その店のママさんに俺が愛想よく「こんばんはー、旦那と飲みに来ましたー!」と挨拶すると、その店のママの顔が強張った。

10人入らないほどのカウンターのみの店には男女2〜3人客がいたと記憶している。

そして何故かぎこちなくなりながらここのママさんが、「ま、まあ、いらっしゃい…どうぞ」と言いながら、カウンター席に左から俺、右隣に旦那、そのさらに右側には先にいた客達、みたいに配置で座らせてもらう。

その、旦那の右隣となった女性客こそ、妖怪婆だったのだ!

俺は薄暗いスナックの中、座っても気づかず、陽気にここのママに近況など話し始める。相変わらず表情の固いママ。
すると旦那が、俺を軽く小突きながら、視線と小声で「(旦那の)隣、隣。妖怪婆だ…」と言ってきた。
旦那は座る時に気づいたらしい。

俺もなんとなーく、入った瞬間に見たことある婆だな…くらいに思ったが、この界隈の客なんてなんかしら見たことある人も多いのでいつもここの店に来てる客で何度か見かけてるんだろう、くらいにしか思わなかった。

しかし、旦那に聞いてよくよく見てみると、確かに旦那の隣にいる先客は妖怪婆だったのだ!

続く

93 :次男:2018/07/04(水) 16:09:27.93
92の続き

なるほど、そりゃあここのママも気まずくなるわけだ。

流石に知らんぷりも出来ないので、お互い表面的な挨拶をする事になり、「どうもー、お久しぶり…どうですか?」みたいに軽く会話を交わす。

他に2名ほど先客がいたが、この人らもこの界隈の常連みたいな人で、俺らの揉めた話しは知っているのだろう。
なんとなく気まずさを察して、俺らがきて数分もしたら皆んな帰ってしまったw

すると、妖怪婆が言わずにはいられない!と言う体で、「お店どう?」と話しかけてきた。
すると旦那もなんとなく話を合わせたが、元々が一本気な性格だったこともあり、
「いや、色々あったみたいだけどあんたとは一度ちゃんと話さないといけないと思っていた!」と開店前のゴタゴタの第2ラウンドが始まりだした。

もちろん、基本温厚な旦那はあまり喧嘩腰にはならぬよう、自分がいない時に、母が受けた恥辱と未だに止んでなさそうなウチの店(母)へのヘイトスピーチはやめてくれないか?といった趣旨を語りかける。

すると妖怪婆は段々と本性を剥き出しに、ここでも旦那相手に母のヘイトスピーチを声高らかに始めた。

続く

94 :次男:2018/07/04(水) 16:15:41.70
93の続き

俺はお隣さんの店で客としてゴタゴタするのもよろしくないかな…と思い、始めは旦那をたしなめこの場は何もないよう計ろうとした。

俺「旦那ちゃん、ここはお隣さんの店だし、やめない?日が悪かったとして、俺ら帰ろうよ。何もこの婆相手にお隣さんの店に迷惑のような事になるのも…」

と提案したが、

旦那「いや!コレは大事な問題だからここでキッチリと話をつける!」

と引かずに、妖怪婆vs旦那が始まった。

旦那は急に豹変し、自分のカミさんとその後の店までも巻き込み嘘ばかりのヘイトスピーチをやめて、なおかつ非道徳的なことをされた自分らに謝罪の一つもないのか?とごく真っ当な事を問い詰める。

妖怪婆はそんな要求には目もくれず、旦那相手に明らかな虚言を用いて母の事を罵倒し始める。

続く

95 :次男:2018/07/04(水) 16:23:17.67
94の続き

妖怪婆「あの女はアバズレで、あんたのいない間に店やりながら他の男と出来てる」

など、ありもしない罵詈雑言を延々と話し続ける。

よくもまあ、これだけ嘘だけで人の悪口(それも極めて悪質な)を言い続けられるものだな…と隣にいた俺も思うくらい、母のヘイトスピーチが続いた。

すると、いい加減、終わらなそうな妖怪婆のスピーチに、旦那が割って入る。

旦那「いやいや、あんたちょっと待ちなよ。ずーっとさっきから喋ってるあんたのその話。それって一体誰に言ってると思ってるの?俺はアイツの旦那だよ?カミさんの言ってる事と、今あんたが言ってる事と俺は旦那としてどっちを信じると思う?当然カミさんの話だろーが!」

と言って妖怪婆のヘイトスピーチを一刀両断した。

隣で聞いてた俺もこの時ばかりは、「おぉ、旦那、カッコいーじゃん!」と思ってしまった。

頑として自分のカミさんを信じ、妖怪婆のヘイトは許す事は出来ない!と主張する旦那に対し逃げ場のなくなった妖怪婆は、

妖怪婆「ハッ!ダメだねー!こんなチェリーボーイみたいな男に何話したって通じゃしねー!」

などとのたうち回り、逃げるように帰ってしまったw

この勝負、旦那の圧勝であった。

続く

96 :次男:2018/07/04(水) 16:31:26.68
95の続き

妖怪婆を退治し、俺らだけになり、ここの店のママにも軽く謝り飲み直す。

ママも事情がわかっており、なんともないよ、と言ってくれた。
そして少し飲んだ後俺らも店を後にするが、なんとなくそのままうちの店に戻るのも気分が悪く。

普段はこういう時、旦那とご近所以外の場所へ行く事も少ないが、口直しみたいな感覚で近くのチェーン居酒屋で飲み直して帰ることにした。

そこで妖怪婆の酷さを話、感情的になる母には今会った事はしばらく伏せておこう、となった。

その後、母の店に戻って何事もなかったかのようにこの日を終えたが、どうせ母の耳にも入るだろうし、後日旦那から妖怪婆とバッタリ会った事は母に伝えたらしい。

続く

97 :次男:2018/07/04(水) 16:42:05.59
96の続き

そうしてまた何年か過ぎ、スナックも軌道に乗り赤字も出さずに続けられた。

4年目を終え、5年目を迎える頃に母が急に妙な話を俺にしてきた。

母「ちょっとあんた!他の兄弟にも言ったけど、身体おかしいとかなんかない?!事故とかも気をつけな!身内の〇〇から電話があって、トキ(仮名)がおかしな夢見たから気をつけろって!」

このトキとは、母の従兄弟にあたる人物だ。
トキさんはハッキリ言って障〇者である。サヴァン症候群も少し入ってそうで、明らかに健常者ではない。

この人の母、俺の母からしたら叔母にあたる人は、昔イタコの卵くらいな事をしてたらしく、代々その直の家系は少しばかりの霊感の様なものが備わっているらしい。

このトキさんはその息子なので、健常者ではない反面、我が一族内でも知られる特殊能力の持ち主なのだ。

続く

98 :名無しさん:2018/07/04(水) 19:38:59.35 ID:L3PFTQtEI
すげぇー展開!

続きよろ!!

99 :名無しさん:2018/07/09(月) 17:29:39.73 ID:WP2/JQJs9
まだかいな?

100 :次男:2018/07/09(月) 19:22:38.03
>>98
宣告してた通り、ちょいちょいオカルトチックなのが入ります。

>>99
遅くてすいません。明日休みなので今日明日でだいぶ進められるかと思います。

101 :次男:2018/07/09(月) 19:32:31.88
97の続き

母の従兄弟にあたる、このトキさん。
現在は60代くらいだが、相変わらず(健常者ではないという意味で)今でも少年の様なここならの持ち主である。

俺らがガキの頃、主に法事などで会うと幼稚園か小学校低学年くらいの俺たちガキどもと同レベルで遊んでくれて、俺はトキさんの印象は良い。

とゆーか、発達障害と言って良いかわからないが、なにぶん悪意という物は持ち合わせていないので子供心に悪い印象がないのも当然だったろう。

そんなトキさん、霊感と言っていいのか、とにかく特殊能力があるらしい。
母達親族に言わせれば、前述したトキさんの元イタコ崩れの母親の影響というかDNAだとの事。

従兄弟レベルでの親族同士のつながりが強い母一族に、たまにこのトキさんのお告げ(?)的な話が持ち上がるのだ。

それが、今回は夢を見たとの事。

続く

102 :次男:2018/07/09(月) 19:39:40.71
101の続き

トキさんが見た夢とは、俺の祖父と祖母、それに祖父の姉の3人が怖い顔してこっちを睨んでいる!という夢。
この時ウチの母が言ったのはこの話だった。

トキさんが何かある時、この母の従兄弟連中でも最年長のカズコ伯母さん(仮名)に連絡してくるらしい。

後日談だが、この時母には「3人の叔父叔母がすごい形相で睨んできた」と聞いたが、後にカズコ伯母に聞いたところ、「2人の男兄弟がいる家の誰かに何かある!と言ってた」という、少し具体的な話も聞いたが、なにしろそれにウチが当てはまったのだ。

しかと、登場人物の3人中2人が我が家の祖父母だ。
ちなみにこの頃には母連中の親世代、俺からしたら祖父母世代は全員亡くなっている。

その中で我が家の祖父母が仲良く登場してしまっては、うちに何かあるフラグが立ちまくりであった。

続く

103 :次男:2018/07/09(月) 19:40:50.31
101

少年の様な心の持ち主

の間違いです。

104 :次男:2018/07/09(月) 19:54:06.42
102の続き

母はオカルト好きだ。
霊的なことも信じてるし、世の中の不思議な事象も信じてらタイプ。
しかし、本人には霊感はあんまないw
たまに自身が感じた霊感じみた事も言ってくるが、俺からして見たらあんま当たった事はない。

だけど、オカルト好きだから、トキさんの事は信じていた。トキさんの霊感的なのに関しては俺も信じてはいるが。

だからこそ、この時の話には母も要注意を払っていた。
俺の心配はもちろん、姉や兄など、なにしろ自分の子供達に災難が降りかかってはいけない!と必死に考えていた様だ。

やがてこの話から1週間が経ち、2週間と過ぎていき。

3週間ほど経った頃、トキさんが見た夢の結果が明らかになった。

母が末期の大腸癌にかかっている事が発覚した。

続く

105 :名無しさん:2018/07/10(火) 18:26:01.20 ID:wp0n3w0s1
なんでだよw
ちくしょ〜w
ますます気になるやん!!

106 :次男:2018/07/10(火) 20:42:54.53
>>105
続きます

107 :次男:2018/07/10(火) 20:56:47.61
104の続き

俺はこの時、母に付き添い病院に行っていた。
そのちょっと前から、母は体調不良を訴えていて家に近いショボい病院に行っていた。
症状としては腰回りが異常に痛かった。

しかし、その町内にあるヤブ医者(オバハン女医だったらしい)は、

ヤブ医者「あ〜、貴方みたいに自営業やってる人に良くあるんですよ。ただの腰痛ですね!」

などとほざき、この時はなんともない、との診断が降されていた。

それでも体調が一向に優れなかった母が、街の大きめな病院へ行き再診察を受けた所、末期の大腸癌が発見されたのだ。
俺はちょうど休みの日で、病院へ送って行った。
用事があったので母を降ろした後用事を済ませていたのだが、予想していたより診察終わった!と連絡が来るのが遅かった。

「もしかして…」と不安を覚えながら車を走らせていると、母から電話が鳴った。
運転中だった為、近くのコンビニに車を止めて母へ折り返しの電話をしようとしたら旦那から電話がきた。

これはいよいよただならぬ…と思い電話に出ると、旦那がかなりテンパってる様子でまくしたててきた。

旦那「今、大丈夫か?!母ちゃん、癌だって!俺はすぐに行けないから、お前、病院行ってやれるか?仕事中か!」

と、おそらく俺が付き添いで送り迎えする事は知らぬ様子で、慌てていた。
衝撃の診断を降され、俺に電話したが出なかったので旦那に電話したのであろう。
それに呼応して俺に慌てて電話してきた旦那、といったところか。

ショックは受けながらもとりあえず俺は用事を済ませ病院へ急いで戻った。

続く

108 :名無しさん:2018/07/11(水) 09:12:46.32 ID:Wi8FRHN4O
悪い予感が・・・

109 :次男:2018/07/11(水) 22:37:44.07
>>108
まあ、まだまだ続きますw

110 :次男:2018/07/11(水) 22:45:56.33
107の続き

母のいる病院に戻ると、衝撃の診断を下され一人ぼっちで、心細さこの上なかったと言った感じの母が俺を見るなり、

母「……大腸癌だって……」

と苦笑いしながら言ってきた。

俺「まぢか………」

予想以上に最悪な結果に、俺も気の利いた言葉が見当たらない。
まあ、こんな時に気の利いた言葉も何もないもんだが。

母の話を聞いたところ、診断を受けてすぐにここの大病院の医者は異変を感じ大腸をくまなく検査するために、いくつかの科を朝からたらい回しにされ検査されたらしい。
終わる時間が長かったわけだ。
すると、

医者「Iさん、今日きて良かったですよ…もう数日でも遅かったら手遅れでした」

と言って、母が大腸癌である事を告知したらしい。
まだ俺が戻ったこの時も、検査の延長で、午後の診察も終わり病院も閑散としてきていた。

母はもちろん、俺もどうしていいかわからず、ただただ「大丈夫だから」「医者も今日来て良かったと言ったんでしょ?」などと慰めにもならないような励まししかできなかった。

続く

111 :次男:2018/07/11(水) 22:54:03.59
110の続き

やがて病院の待合室のベンチには俺と母だけになる。

大きい病院なので入院している人も多く、時折見舞いの人や入院患者、病院関係者らが行き来しているが、広い病院(の待合場の椅子)には俺と母しかいない状態で待ち続けた。

時折、母と「いつまで待つのかな?」「遅いね」などと軽く会話しながら、待合室などにおいてある癌に関する冊子などに目を通したりしていた。

そうこうして待ちながらも俺は頭の中で色々な思いを駆け巡らせていた。

「母が癌?」「死ぬのか?」「いつまで生きられる?」「何故急に?」

人間、脳がパンクし始めると思考を停止したがるものなのか、俺は急に激しい睡魔に襲われた。
そして待合室の椅子に母と2人座りながら、俺は寝てしまった。

どれほどだったかわからないが、おそらく5〜10分程だっただろうか。

この時目が覚めた瞬間に真っ先に思った、俺の偽らざる思考。

うたた寝から目覚めた俺「………?!よかったぁ〜、夢だったかぁ〜〜!」

続く

112 :次男:2018/07/11(水) 23:07:06.58
111の続き

しかし、夢ではなかった。

あの時ほど、「夢だ!良かった!」と思ったことは後にも先にもない。
でも、夢ではなかった。

そう思った刹那、正面にある病院待合室の無機質な時計が先程から大して進んでない時刻を指しながら動いており、俺の隣ではか細く検査の詳しい結果を待ち続ける母の弱々しい姿があった。

いい加減、待たされ疲れ、たまに通りかかる看護師らしき人に声をかけたりしたが、そうした所で物事が早く進むこともない。

そんしながら、徐々に俺も母も軽い冗談的な、小笑を交えながら明るめな話もできるようになって来た。

今更だが、母はネアカと言って良い女性だ。
俺も少し血を引いているのか、文句や悪口的な事は言いながらも、最終的にはお笑い話で終わらせる、というような比較的ポジティブな思考、話術ができる方だと思っている。

この時も、待ち疲れ、ネガティブでいることにも疲れ途中から母とぶつぶつ待たされてる事の文句など言いながら、2人で軽く笑いながら話せるようになっていた。

朝から来た病院で、時刻はもう夕方にさしかかろうとしていた。

やっとお呼びがかかり、この後の流れを医者から聞くことになるが、当然のように即入院。
出来る限り早い段階で即手術となるそうだ。

末期癌といって差し支えないと思い、末期と前述したが、医者からは末期癌という単語は使われなかった。
しかし、ご家族などが癌にかかったりでご存知の方もいると思うが、癌の進行度を4つの形で表す言葉で、ステージ4だと言われた。

ステージは1〜4の4段階で、1が一番軽い症状らしい。
要するに末期だという事。

続く

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